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第9回 「着物は折り紙のよう。きっちりと折り重ね、合わせていくことが大切」

ベルビューのボタニカルガーデンで紅葉狩り

野井聖子(のい・さとこ)さん
和歌山県和歌山市出身。京都外国語大学を卒業後、商社に就職。28年前に結婚し、シンガポールに移住。以来25回以上の引越しを重ね現在に至る。2007年、夫の転勤で再び渡米。2017年まで6年間、私立小学校でアメリカ人と日本人に日本語を教える。現在はマカティオ市にある会社で会計補助の仕事をしながら次のステップを思案中。趣味は古物を見ること・収集すること。

明治生まれの祖母は、終日着物の生活でした。着替えもほんの数分で終わっていましたし、あの年代の女性にとって着物は生活の一部であり、一番着心地がよかったはずです。

日本人の私も、七五三、お正月、成人式、お茶会、結婚式など、着物に袖を通す機会は何度もありましたが、いつも美容院で着せてもらっていました。どちらかというと写真用に着ていただけで、実用的だとは思ったこともなく、成人式は義姉の着物を借り、振袖を買うことはなく、後でとりあえず必要かもしれないと、父母にそろえてもらいました。けれど南国に嫁いだので、着物は長い間、実家にありました。

ところが、一年前、旧友と夕飯を共にする機会があり、数人が着物で来られて、それはそれは華やいだ場となりました。着物によってみなさんの仕草が穏やかで優雅だったのです。そこで、自分も着られるようになろうと決心しました。

日本に帰る機会があり、懐かしい着物を出しました。祖母や父の遺品、そしていつの間にか出されることもなくなった母の物。残念ながら日本にはたくさんのそういった着物があるはずです。着られないと思った身丈の短いものも、後になって腰ひもの位置でなんとか調節が可能なことや付丈で着ることができると知りました。

パラマウントシアターでバレエ鑑賞

子供たちがお世話になっている書道教室の展示会が秋にあり、着物で受付をさせていただくことを目標に春から努力を重ねました。最初は1時間以上かけてやっと名古屋帯を巻くことができ、そもそも自分の民族衣装なのに、どうしてこんなに難しく辛いのかと思ったものです。

着物は折り紙のようだと思います。きっちりと折り重ね、合わせていくことがとても大切だと知りました。少しでも気を抜くと、どこかでかならず崩れます。けれどそれをうまくごまかすことも可能なのです。見えないところにうまくしまい込んで、表面が美しくあればそれでいいのです。人が着ることによって着物は立体化し、美しさを増します。インターネットで見かける美しく着こなしていらっしゃる方々の様子を拝見し、自分もそれに近づくことができたらと願うばかりです。

日本では夏の間の湿気がひどいので着物の保管が難しいですが、シアトル地域は湿気も少なく汗をかくことも少ないので、着物をいい状態で保存していくことができます。それでも時々、箪笥から出してあげ、風を通すことは欠かせないでしょう。

最近の楽しみは年に二度開催される京都アート&アンティークのショーの間、大奉仕で売られている着物や羽織を見ることです。安価なので冒険することもできます。自分で着るうち、最初のころと比べて好みに変化が表れてきました。

また、着物の格を知り、TPO をわきまえることはとても大切ですが、自分が着ていて気持ちがよいことが一番だと気がつき、好きな着物でますます出かけていきたくなりました。

念願の書道展に着物でお手伝い

初めて着物を着て外出した時、ベルビューのボタニカル・ガーデンで紅葉狩りをし、宇和島屋に行ったところ、着物を着ていることでたくさんの方が話しかけてくださいました。その後、念願の書道展に着物でお手伝いすることができ、過日には着物好きな友人たちとパラマウント・シアターでバレエ鑑賞もして参りました。次はオペラやコンサートにも足を運びたいと思いますし、シアトルで能楽や歌舞伎公演があればぜひ行きたいですね。

今、着物は祖父が昭和初期に婿入り道具として持ってきた和箪笥にしまってあります。バレエ鑑賞の日には母の着物・帯、そして祖母の帯上げを着用して、親孝行やご先祖孝行ができたことが嬉しく、感謝しました。最初の頃は、「世界一着るのが難しい民族衣装」と思ったものですが、それも撤回いたします。

着物文化は無限大。末永く継承されますように。

文・写真:野井聖子

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