湯村絵里さん
京都出身。友禅染湯村染工の父の仕事を見て育つ。短大を卒業後、京都で旅館を展開している企業に就職し、かねてからやってみたかった仲居の仕事に就いて着物の魅力に開眼。3年後に大学に編入して卒業し、さまざまな仕事を経験した後、結婚を機にシアトルへ。「着物が好き」「着物を着てみたい」という友人たちに着付けをして楽しむうち、新しい着物の着方を提案するビジネス「Yumura Kimono Works」を2018年1月に起業。個人に着付けサービスを提供しながら、新たな展開を企画している。
祖父母の代から友禅染色工場を営む家に生まれたので、物心ついた時から着物が身近にありました。特に、祖母は普段から着物で反物の裁断や縫い合せ、検品や手絞りの糸巻きなどの仕事をし、私にも幼い頃から浴衣を着せてくれましたし、十三参りなどでも着物を着せてくれたように記憶しています。そんな祖母は97歳になった今も現役で仕事をしています。そんなふうに着物が身近すぎたので強く興味を持つことがなく、友禅染に対しても「毎日同じような柄を染めて面白いのか」と思っていました。
でも、短大を卒業後、旅館を経営している会社に就職し、やってみたかった仲居さんの仕事に就いて毎日着物を着るようになったら、「着物は心地いい」ことを実感しました。その仕事で着付けの基本をしっかり学んだことが、今につながっていると思います。
8年後に大学に編入して卒業し、別の仕事を経験した後、結婚を機にシアトルへ。こちらにはいろいろな経歴や人種の方はもちろん、いろいろな国から移民してきた方、移民してきた祖先を持つ方がいらっしゃいますが、私の周りにいるそんな方々が着物に興味を持っていたことが、着付けの仕事をこちらでもすることにつながりました。日本では着る人がどんどん減ってきているのに、こちらでは映画やドラマの影響で日本の伝統的なものにすごく興味を抱いている人たちがまわりにたくさんいて、「着物を持ってきてる」と言うと、「ぜひ着てみたい」と言うので着付けをしてあげているうちに、その輪が広がっていったのです。
それで、「そんな人たちに私が持ってる知識や技術をもっと伝えていければ、面白い世界が見えるのではないか」「私の中の固定観念を、彼らが崩してくれるんじゃないか」「企業とコラボするにしても、ちゃんとしたビジネスでないといけないことがあったりするだろうから、ビジネスにしたらもっと面白いところに行けるのでは」と考え始め、思い切って起業しました。着物は100枚弱、帯が60本ほど。種類は留袖から色留袖、振袖、訪問着など、一通り取り揃えています。今は自分で営業し、口コミで広めているところ。立ち上げと同時にボランティアモデルを募集したのですが、日本人の方々が50人ぐらいもご連絡をくれました。今は週一ぐらいのペースで着付けをした写真を撮影させていただき、今後の営業やコーディネートのご提案に使わせていただくということになっています。
着付けは実にさまざま。正当な着付けから、下品や奇抜にならない着付けもします。日本人以外の方の場合は、最初は正しい着方を体験したい、ちゃんと着てみたいという人が多く、でも1-2回それを経験すると、次は自分の背丈にあわせて短くするとか、少し変わった着方をするとかといったアレンジする方向に進んでいきます。お客さまのご要望や、「こんな色や柄が好き」「こんなテーマで」というような打ち合わせをした上で、帯や着物を提案させていただいたり、お客さんにコレクションを見ていただいて、独自のコーディネートをご提案いただくこともあります。すると、私が考えていなかったような組み合わせを提案されることもあり、とっても世界が広がって面白いんです。特に日本以外の国から来ている人たちは色彩感覚や柄の合わせ方が違っていて、私の価値観を押し付けず、それぞれが持っている違う文化を組み合わせれば面白いものができることがあります。そして、私は私が持っている着物の基本の知識や技術を提供し、崩すならどんな崩し方があるか、どこまでなら着崩れないかなどのアドバイスをしています。
日本人だけで話していたら思いつかなかったようなコーディネートや、アクセサリのつけ方もありますし、例えばウクライナの伝統的なアクセサリをあわせても自然でした。実は、それが着物が持つパワーというか、魅力だと思うんです。着物は実はとても自由度が高くて、だからこそ面白い世界を見せてくれるんですね。
今後は一つのファッションとして、着物をカジュアルに楽しむ人が増えてくれたらなと思っています。こちらに住んでいる日本人の方だけでなく、それ以外の方にも、敷居が低いようにしたい。そして、毎日のようにいろんな人たちに着付けさせてもらえれば嬉しいなと思います。着物があることによって、普通に話していたらおそらく話すことがなかったことが出てくる。そんなふうに、着物を通していろいろな人と知り合うのが一番楽しいのかもしれません。将来は、カフェやレストラン、アートのワークショップなどコラボして着物を着る機会を作ったり、日本とまったく無関係な企業ともコラボしていければ嬉しいです。
シアトルは、冬場雨が多いにも関わらず、カビなどもつかず驚いています。こちらに来てから大きな汚れもなく、まだクリーニングに出したことはありません。自宅で手洗いできるかにも挑戦したいと思っています。
文・写真:湯村絵里