さて、これまでワシントン州のエステートプラン作成の必要性や、その準備やエステートプランニングに関する書類の詳細についてお話ししてきました。
当事務所では、エステートプランの書類を実際に作成する前に、まずご本人の家族構成、資産や負債といったことに関する「質問書」に記入していただき、それからミーティングをして遺産分割についてご本人のご希望や懸念事項を話し合います。
その中でよく皆さんがお悩みになるのが、「誰を執行人(トラストがある場合はトラスティー)に指名するか」です。
執行人(トラスティー)とは
ワシントン州では執行人のことを一般的に Personal Representative と呼びますが、Personal Representative といってもさまざまで、厳密に言えば、遺言書によって任命された執行人を Executor と呼び、遺言書のない場合のエステートの管理人を Administrator と呼びます。
名称がどうであれ、執行人というのは故人に代わってエステート資産を回収・保護し、故人の債務の清算、納税等を行った上で遺産を分配するわけですから、そこにかかる責任は重大です。トラスティーというのは遺言書の中ではなくトラストの中で指名された「受託者」のことで、執行人とほぼ同じ役割りを果たします。
執行人の資格と責任
ワシントン州法では、18歳以上で、精神に異常がなく、過去に重罪または道徳的犯罪の前科のない人なら基本的に誰でも執行人になることができます。
執行人となるにあたって特に専門的な知識は必要ありませんが、なんといっても故人のエステートの代表となる役割ですから、故人の家族や親戚への対応、資産回収や情報収集のための金融機関とのやり取り、書類の処理、目録の作成、負債や税金の清算、遺言書または州法に沿った遺産分配など、弁護士や会計士の指示を仰ぎながら、最低でも6か月、場合によっては数年に渡る長い手続きを進めていく必要があるので、やはり忍耐強く、一つ一つのタスクを完了させられる責任感が求められます。
また、そういった業務を行うエネルギー、コミュニケーション能力、そして時間的な余裕のある方が適任かもしれません。
遺言書がある場合
遺言書がある場合は、遺言書を裁判所に提出し(ない場合は無遺言のエステートとして)執行人を正式に任命し、故人の負債を清算して財産を分配する手続きをプロベート(検認手続き)といいますが、これについては後日もう少し詳しくご説明します。
配偶者がいる場合
配偶者がいる場合は、ほとんどの場合、配偶者が執行人に指名されます。ワシントン州法においては、遺言書の内容にかかわらず、生存配偶者には夫婦の共有財産を管理する権利がありますし、遺言がない場合は生存配偶者が執行人候補の第一番として挙げられています。
また、配偶者であれば既に共同口座があったり、お互いの資産や負債についてもよくわかっていて、家族や親戚にも比較的上手に対応できるため、執行人になった後もスムーズに進むことが予想されます。
配偶者が執行人になれない、または、配偶者がいない場合
配偶者が執行人になれない、また配偶者がいない場合、特に米国在住の日本人のクライアントの中には、「そこまで重要な責任を任せられる家族や友人が現地にいない」とおっしゃる方が多いです。
そこでよく質問されるのが、「日本の家族や友人を執行人に指名できるか」ということです。
ワシントン州のプロベートの中で、ワシントン州または米国在住でない人を執行人として任命することは基本的に可能です(その場合はプロベート手続きが行われているカウンティー内に執行人の代理人を置くという条件付きですが)。
つまり、日本在住の方を執行人として任命することも法律的には可能なのですが、実務的な観点から、日本在住の方がワシントン州で執行人として業務するのはかなり困難です。
まず、言葉の壁やビジネスの習慣の違いがありますし、実際に米国に住んでいない人が現地の金融機関へ出向いて手続きを取るというのはかなりハードルが高いでしょう。かといって、資産の回収や債務清算をすべて弁護士に任せることになれば費用が嵩みますし、近年の米国の金融機関はマネーロンダリング対策等で規制がかなり厳しくなっており、米国での個人納税者番号がなくてはエステート資産を集めておく口座を設立することができません。こういった理由から、日本在住の方ではなく、少なくとも米国在住の方を執行人に指名するようおすすめしています。
どうしても米国内に執行人として指名できる人がいない場合は、執行人サービスを行っているトラスト会社もありますので、そういったサービスを利用するのも一つの手だと思います。
Ako Miyaki-Murphey, J.D.
パーキンズ・クーイ法律事務所(Perkins Coie LLP)
シカゴでパラリーガルとして働きながら2002年にJohn Marshall Law School(現在はUniversity of Illinois Chicago School of Law)でJ.D.を取得。2002年から2006年までハワイ州の弁護士事務所で勤務した後、2006年にワシントン州弁護士資格を取得。シアトルのFoster Garvey弁護士事務所でトラスト・エステート法の経験を積んだ後、2020年から現在のPerkins Coie LLPに勤務。エステートプランの作成だけでなく、ワシントン州のプロベート手続きやトラストの管理、日本在住の遺産受取人代理や、相続税・贈与税申告書の作成も行う。
【公式サイト】www.perkinscoie.com
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