アメリカでは、11月はサンクスギビング(感謝祭)の祝日があり、いよいよ本格的なホリデー・シーズンの到来です。
日本では「食欲の秋」という言葉がありますが、アメリカでも柿や栗がスーパーマーケットに並ぶと秋の訪れを感じますし、松茸ご飯の香りに日本の秋を思い出します。目で見て懐かしくなって食欲が進んだり、香りから過去の記憶が蘇り、家族の味を思い返したりすることもあります。
ちなみに、味覚というのは、生まれてすぐから3歳くらいまでに作られると言われています。「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」と5つあることが知られていますが、それぞれに重要な役割があるようです。
エネルギーの源になる糖分を「甘味」、体のバランスに必要なミネラルを「塩味」、食べ物が腐っていることや未熟であることを「酸味」、毒の存在を「苦味」、体を作るたんぱく質の存在を「うま味」として、舌を通して知るのだそうです。つまり、味覚とは、人間が生きていくために必要なものを識別するための能力なのです。
前述の通り、この味覚は生まれてすぐ発達を始め、3歳までに培われ、その後の味覚傾向を左右していくと言われています。これはちょうどモンテッソーリの言う「感覚の敏感期」と重なります。0~3歳までは無意識に感覚器官を通して情報を吸収し、3~6歳の間で感覚を洗練(分類、整理)させていく時期なのです。人は五感を通しておいしいと認識します。味だけでなく、食材の色や食感、匂い、大きさ、時間などの体験が影響し、「おいしい」と感じるようになっていきます。
当校で配膳している給食の調理を担当している先生のモットーは「食べるは生きる」。「豊かに生きる(食べる)ために、五感で感じるお給食を子ども達に食べて欲しい。調理している音や匂い、さまざまな食材に触れて、子ども達の味覚を広げていきたい」とのこと。毎日、彩り豊かなお給食をお友達と一緒に食する時間は、子ども達にとっても楽しみな時間の一つです。
モンテッソーリのカリキュラムの中でも、食は欠かすことができないテーマとなっています。私たちは、生きるために植物や生き物をいただいています。植物のライフサイクルを学ぶために、春から夏にかけて種から野菜を育てて成長を観察していきます。教室内で、豆の種を小さなビニール袋の中で温室のようにして育て、窓ガラスのところに貼って成長を観察します。やがて芽を出すと、子ども達から喜びの声があがります。静かにすくすくと成長していく芽を観察すると、生命の不思議を感じることができます。そして、芽が大きくなると、土の入ったポットに移し、さらに成長したら、外のガーデンボックスに移します。収穫して、お料理をすることも、子ども達のお楽しみです。実際に土に触れ、私たちの食べ物がやってくる過程を知り、体験することで、自然と感謝の気持ちも湧いてきます。食育は食材がどこから来て、その過程から実際に食卓に運ばれることを知ること、またその過程に参加することから広がっていくと思います。
また、モンテッソーリの日常生活の練習のエリアでは、食べ物を準備するフードプレップ(food prep)と呼ばれる、人気のお仕事があります。りんごやバナナをスライスしたり、自分でおやつの準備をします。自分が食べるのではなく、お友達にあげるために食べ物を準備する子どももいます。チーズを切っているお友達の横に、チーズを食べたい子ども達の列ができることもあります。
自分が準備した食べ物を人に分かち合うことで、人の役に立つこと、コミュニティの意識を育むことが目的の活動でもあります。食事というのは、どの文化においても、コミュニティの意識を育む活動として大切にされています。一人で食べる食事よりも、家族で食べる食事、お友達と食べるお給食が美味しいと感じるのは不思議ですね。
他にも、今月はサンクスギビングのお楽しみお給食のスープのために、子ども達が家から食材を一つづつ持ち寄ったり、教室で芽キャベツをつんだりするお手伝いしました。お給食作りの一役を手伝うことにより、子ども達の食欲も進み、満足そうな笑顔が広がりました。
親は誰もが、お子さんの好き嫌いで悩むことがあるかと思います。味覚は体験から習得すると言われていますので、感覚の敏感期である6歳までに、心の安心につながる「家庭の味」を子ども達にたくさん体験してもらいたいですね。たくさんの素材の味を体験すること、特に自然物の味(出汁の味、新鮮な野菜や果物の味、など)は、豊かな味覚を広げる体験となります。また、子どもは習慣から学び、その習慣は安心へとつながっていきます。初めて見るものを口にするのは、誰でもなかなか勇気がいるものです。初めての食材に対して五感を使って警戒するのは、人間の自然な本能ですので、気長に構えて焦らず、お子さんが嫌いだからと食卓に出さないのではなく、いろいろな食材を紹介していことが大切です。お子さんが苦手なものでも出し続けて、大人がおいしそうに食べている様子を見せることで、安心してトライすることがあるかもしれません。
そして、メニュー作りに悩む前に、食につながる活動にお子さんを誘ってみるのも良いかもしれません。来客がある際のメニューを一緒に考える。麦茶を注ぐ。果物を切るお手伝いをする。スーパーマーケットに一緒に行き、食材を一緒に選ぶ。食材選びに、目で見たこと、触った感じなどを共有する。一緒にお野菜を育てる。一緒にファームに行ってみる。一緒に野菜を洗う。食につながるさまざまな体験をお子さんと一緒にすることで、お子さんが食に関しての興味が広がることと思います。
幼児期には、たくさんの体験を紹介することで、家庭の味、心の故郷を築いていきたいですね。
掲載:2021年11月
文・写真:斉藤カルコーヴァン智美
慶應義塾大学文学部、シャミナード大学院幼児教育学科卒。ワシントン州ベルビュー市にある日本語と英語のバイリンガル幼稚園、ピカケスクール園長。日本では株式会社オリエンタルランドが経営するチャイルドセンターの立ち上げに携わり、プログラム・マネージャーを務めた。渡米後はモンテッソーリの教員として、ハワイとシアトルで約14年間勤務。2017年夏にベルビュー市でピカケスクールを創立。
Pikake School
www.pikakeschool.com