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アメリカの「バックドア・レイオフ」と「リモートワーク」

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最近、「バックドア・レイオフ」(backdoor layoffs)という言葉を少しずつ耳にするようになりました。

まだ聞き慣れない言葉ですが、SHRM(米国人事マネジメント協会)が先日配信した記事でも取り上げています。

これは日系企業に起こりがちな労務管理上の問題とも関連することから、注意喚起の意味も含めて、今回はこの話題を取り上げてみます。

もくじ

バックドア・レイオフとは?

バックドア・レイオフとは、従業員が解雇される前に、自ら辞めるよう説得するための措置、つまり給与の減額や勤務地の変更の他、リモートワークからオフィスワークへの勤務形態の変更、売り上げノルマの増額、人事考課水準の引き上げといった対応をすること指しています。

言い換えれば、従業員の労働意欲を減退させ、レイオフする前に従業員自らが退職するような状況を雇用主が作り出すことです。

バックドア・レイオフの危険性

従業員が自ら職を辞するということは、Severance Package(退職金パッケージ)も不要であり、何より解雇に伴う人事や管理職の時間や精神的負担が軽減されるので、一見メリットのように思えますが、これは後述の通り、誤った考え方です。

また、SHRMの記事において、人事コンサルタントのファルコーネ氏は、雇用条件等の変更が著しく合理性を欠くと思われる場合、これが「推定的解雇」と見做される危険性を指摘しています。

しかし、一方で、上記のような労務管理上の「変更」は、当然ながら、正当な理由をもって行われることの方が多いです。つまり、前述のバックドア・レイオフと誤解されないために、雇用主がその理由を明確にすることは極めて重要なのです。特に、パンデミックという非常時に端を発して広まったリモートワークは、ここに来て企業が出社への切り替えやリモート頻度の変更などを進めていることから、変更に際して雇用主は特に注意を払う必要があります。

減少するリモート求人と根強い求職者のリモート願望

ビジネス系ソーシャルメディア最大手のLinkedInが今年1月に発表した調査結果によれば、2021年1月以降にLinkedInに掲載された6,000万件以上の求人広告を分析したところ、リモートワーク求人のピークは2022年3月で、全体の20%以上の求人がこのオプションを提供していましたが、2022年11月にはリモートワークの求人広告は14%にとどまりました。同様の傾向はIndeedやZipRecruiterなどの大手求人サイトでも指摘されていることから、雇用主がリモートワークからオフィス出社へ勤務形態を切り替えつつあることが見て取れます。

一方で、求職者によるリモートワーク(ハイブリッドを含む)の希望は引き続き根強く、同社はこの数カ月の追跡調査によって、約50%がリモートワーク求人への応募だったと明かしています。また、その他マーケティング会社の調査でも、引き続きリモートワークを希望する求職者が多いことが指摘されています。

日系企業が特に注意すべきポイント

「元々オフィス勤務だったのだから、元に戻るだけ」、「他社も同様に対応しているから」、「本社からの指示なので」といった曖昧な理由では、リモートワークの継続を強く希望する従業員がすんなりと受け入れる可能性は低いでしょう。渋々承認して出社したとしても、仕事へのモチベーションが上がらないことは明らかです。

このような場合は、「リモートワーク開始後の生産性低下」「コミュニケーション不足による問題」など、より具体的な理由を明示して十分な説明を行った上で会社の決定を伝えるようにしましょう。「具体的な理由と十分な説明」の必要性は、上記にあるその他の条件変更についても同様です。

最初に「日系企業に起こりがちな労務管理上の対応」と申し上げたのは、日本ではまだ「雇用主が従業員より優位な立場にある」という考え方が根底にあり、それが北米法人にも影響を及ぼすことがあるからです。

また、バックドア・レイオフに関しても、解雇に厳しい日本の労働基準法や人事慣習の影響で、解雇やレイオフに否定的な在米日系企業もあり、意識的か否かに関わらず、「従業員が自ら辞めるような対応」を耳にすることがあります。

これは、例えば、「減給・降格、出勤停止などの懲戒処分をし、自主退職を促す」という考え方です。

日本的な見方をすれば、「会社が低い評価を強調し、相応の処分を実施すれば、従業員は自ら退職するだろう」となるのかも知れませんが、アメリカでは、この目論見は外れることが多いです。その大きな理由は、アメリカでは自己都合で退職した場合、原則として失業給付の対象とならないからです。

以前は、解雇されたことは次の就職に影響するとして、自己都合で退職した方が従業員にとって有利という考え方もあったようです。しかし、時代は変わり、今やこれも大きな考え違いと言っても過言ではありません。つまり、企業が内定者のリファレンス(経歴照会)を実施しても、訴訟リスクを回避したい元雇用主の多くが退職理由を開示しないため、求職者の自己都合であれ、雇用主の都合であれ、その事実が次の雇用主に伝わる可能性は極めて低いのです。これなら、自ら辞めることにメリットがないと考える従業員がいるのも頷けるでしょう。

ネガティブなレビューの書き込みによる影響

さらに近年では、上記のような雇用主の従業員に対する好ましくない対応や処遇が、(元)従業員によってSNSやジョブサイトのレビューなどに書き込まれる問題も頻発しています。

一度書き込まれたコメントは、法的に問題がある内容や誹謗中傷でない限り、インターネットから削除することは困難です。そして、その影響は、求人への応募者だけでなく、現在勤務している従業員のエンゲージメントにも影響を与えます。また、雇用主が対応の公平性を欠いていれば、現職の従業員がEEOC(雇用機会均等委員会)に対し、雇用主からの差別的対応として申告することもあり得ます。

このように考えると、公平性のある理由をもって行われる雇用条件や目標設定の変更が、バックドア・レイオフと誤解されて企業に不利な状況とならないよう、人事は充分な注意を払う必要があります。また、不幸にして解雇やレイオフが発生する事態となった場合は、米国の雇用原則であるEmployment At Willはもちろん、関連する雇用法も充分に理解した上で、専門家と共に適切な対応をすることが重要です。

総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん

2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
【公式サイト】 creo-usa.com
【メール】 info@creo-usa.com

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