11月の大統領選では、予想以上の差をつけてトランプ元大統領が勝利し、2025年1月20日からいよいよ2度目のトランプ政権がスタートします。
既に Exempt の最低賃金改定や、米国企業透明性法(Corporate Transparency Act)による小規模企業の情報登録義務が差し止めとなるなど、今後のさまざまな変化を予感する出来事が増えていますが、「多様性、公平性、包摂性」(Diversity, Equity, and Inclusion:DEI)への取り組み方の変化を予測する専門家が多くいます。
ウォルマートによる DEI への取り組み方の変化
数年前から日本でも盛んに使われるようになった DEI という言葉ですが、その起源は意外に古く、1960 年代半ばにまで遡るということはあまり知られていません。当時は社会運動と法律改正によって企業の世界が再編され始めた時代で、Title VII of the Civil Rights Act(公民権法第7条)が制定されたのも1964年でした。
今年11月の感謝祭祝日前に、流通最大手のウォルマートが多様性に関する方針を全面的に撤回したニュースは、我々人事を生業とする人間以外にも大きなインパクトを与えました。ウォルマートの変更は広範囲に及んでおり、サプライヤーの選択や従業員雇用の際に、人種や性別を考慮しないことをはじめ、ジョージ・フロイド氏が亡くなった2020年に設立された人種平等センターへの契約を更新しないことなども含まれています。
ウォルマートが多様性に関する方針を全面的に撤回したことは、過小評価されてきたグループを支援するためのプログラムに伴う、法的・政治的リスクを再評価している米国企業で大きな変化が起きている兆候とされています。また、これは、マイノリティや女性が経営する企業や従業員の地位向上を目的とした企業や連邦政府プログラムに異議を唱え訴訟を起こした保守派団体の勝訴を受けてのものとも言われています。
大手企業による同様の動き
実際、今年に入ってから、同様の動きとして下記のような大手企業の対応が報じられています。
Boeing:2024年11月、ボーイングは、広範な業務改革の一環としてグローバル DEI 部門を解体し、その機能を人事部門に統合しました。(ニューヨークポスト11/1/2024)
Lowe’s(大手小売業):2024年9月、Lowe’s は Human Rights Campaign の平等指数調査への参加を中止し、従業員リソースグループを一つの組織に統合し、DEI イニシアチブを縮小しました。(them 8/28/2024)
John Deere(大手農機具メーカー):John Deere は「社会的または文化的認識」イベントのスポンサーを今後行わず、すべてのトレーニング資料を監査し、DEI の取り組みを事実上縮小すると発表しました。(HRDIVE 9/18/2024)
Harley-Davidson:2024年8月、Harley-Davidson は DEI 採用枠を廃止し、サプライヤー多様性への支出目標も廃止したと発表しました。また、LGBTQ+プライドフェスティバルを含む一部スポンサーシップを中止することを示唆し、今後はモーターサイクルスポーツの発展にのみ注力すると述べました。(CNN Business 8/19/2024)
DEI Backlash の理由
これらの動きは DEI Backlash と呼ばれますが、その理由についてはさまざまな意見があります。
法的責任への危惧:一部の企業は政治的反発や法的責任を恐れ、DEI イニシアチブを縮小したり、ブランドを変更しています。
社会的平等が解決されたとの考え:DEI が解決しようとしている社会的不平等は、もはや存在していないと考えられています。
DEI に対する誤解:一部の人々が DEI を誤解し、それらが差別や排除につながると考えられています。
DEIという言葉の武器化:大手 EV メーカー CEO が SNS で「DEI は人種差別の別名に過ぎない」と発信するなど、言葉自体が武器となってしまっていることへの懸念。
今後の DEI における注意点
2020年、ジョージ・フロイド氏の警察による殺害をきっかけに DEI の取り組みが活発化し、マッキンゼーの調査によると、企業はその年、DEI 関連の取り組みに推定75億ドルを費やしました。しかし、それ以後、上記の通り加熱しすぎた DEI 運動への反発が起こっています。
トランプ氏の大統領選勝利によって、以前から下火になりつつあった企業の DEI プログラム離れが加速する可能性が高まっています。
しかし、一方で、今年9月にハーバード・ビジネスレニューへの寄稿には、次のような解説がありました。
「60年代におけるフェミニズムの Backlash が70年代にあったように、今後も DEI 自体がなくなることはない。停滞期や認知度の低下期にも継続的に取り組まれ社会に馴染んでいくだろう」
逆差別(Reverse-Discrimination)という言葉が出ているように、DEI に対する誤った理解や過度な対応が公平性を損なう可能性があることは理解する必要があります。
人事の視点で言うなら、採用や昇進、評価や懲戒、解雇といった場面においては、常に一貫性と公平性のある対応が求められます。DEI 政策の後退によって、イメージ重視や見せかけの DEI ポリシーは、今後、雇用主にとって深刻な問題を引き起こす可能性もあるので注意が必要です。
そもそも企業が DEI を促進していた理由は、従業員に帰属意識を持たせ、多様性を通じたイノベーションを向上することです。DEI という名称や手法にこだわらず、今後はこの原点に回帰していくことが重要となるでしょう。
総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん
2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
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