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人事管理の挑戦:降格(demotion)による懲戒処分の効果的な運用とは

未曾有の採用難が叫ばれる中、職務や自社に関する知識・経験を持った従業員の退職は雇用主にとって大きな痛手ですが、パフォーマンスの悪い従業員に対し手をこまねいているわけにもいきません。

今回は、上記のような場合に日系企業が比較的よく用いる「降格」という懲戒方法について考えてみたいと思います。

パフォーマンスの良い従業員を昇格させたが、期待する働きをしない

ポジションに空席が出たとき、内部昇格させることは社員のモチベーションを維持するために有効な手段です。良いパフォーマンスを維持すれば認められ、昇進の機会が与えられることを現実として示すことができるからです。

しかし、実際に企業からよく質問されるのは「うちのマネジャーは管理職としての能力に欠ける」といった嘆きです。そして、解決するために持ち込まれる相談が降格という方法です。

アメリカではあまり一般的でない降格

今でもはっきりと覚えている降格に関するこんな話があります。

数年前に弊社主催セミナーで講演したアメリカ人コンサルタントに、来場した日系企業マネジメントが「パフォーマンスの良くない管理職の降格」について質問した時のことです。

この講師が最初に質問者に返した言葉は

「あなたはその従業員が降格された後、今よりもパフォーマンスが良くなると真剣に考えていますか?」

言われてみればもっともです。マネジャーをアシスタントマネジャーに降格したら、アシスタントマネジャーとしてその従業員はモチベーションを上げて仕事をするでしょうか?あるいはマネジャーでは機能しなくても、アシスタントマネジャーなら機能するという根拠は明確でしょうか?

当時の回答内容の詳細は覚えていませんが、講師は確かそのような回答をしたと思います。

そして最後に彼は、アメリカでは、ポジションの要件を満たせず、注意や警告を受け具体的な改善策をもってしてもパフォーマンスが伴わない社員は解雇する以外に方法がないという結論を述べました。

終身雇用の名残とも考えられる降格という懲戒方法

ここで解雇と降格の違いは何かと考えた場合、一番の違いは雇用継続の有無です。つまり、解雇は雇用自体が消滅しますが、降格は、待遇こそ変わっても雇用自体は継続されます。つまり、雇用継続を前提でパフォーマンスの良くない従業員を維持しなくてはならない場合の苦肉の策と考えることもできるのです。

また、最近でこそ変わりつつありますが、職務給(いわゆるジョブ型雇用)ではなく職能給制度で昇進した従業員の場合、役職ごとの給与差は明確であっても職務内容の差が明確でないことも多くあり、これが降格という懲戒処分につながっていると考えられます。

温情をかけて解雇を選択しなかったと考えるマネジメントもいますが、アメリカの雇用制度を考えた時、解雇の方が温情ある対応と考えることもできます。自社でうまく機能しなかったからといって他社でも機能しないとは限らないからです。これは、プロ野球のトレードなどでよく目にする光景でもあります。早く見切りをつけ、新しい仕事に就く方が健全な場合もあるのです。

そして、訴訟リスクは解雇しても解雇しなくても、あまり変わりません。理由が不当解雇か不当降格かの違いです。そして、降格された従業員が解雇されず良かったと会社に感謝して働くことはまずありません。

降格を経て自主退職となる可能性が低い理由

日本のように、「降格したらそれを嫌って自主退職するだろう」といった期待をされる方もいらっしゃいますが、残念ながらこの可能性は低いです。なぜなら、アメリカでは自主退職した場合、原則として失業給付の対象外となるからです。それなら解雇されるまで雇われていた方が良いと考える人がいても不思議ではありません。

また、自主退職者に対し失業保険給付申請を認めるような取引は大きなペナルティを課され、会社の信用を失墜させますので、雇用主は絶対にこのような話に乗ってはいけません。

降格しても機能する場合

アメリカの雇用慣習の中でも、多くはありませんが、解雇でなく降格によって望ましい結果が得られる場合もあります。その条件として挙げられるのは、本人が降格を望んでいる場合かつ、以前のポジションであれば同様のパフォーマンスが期待できる場合です。

降格しても機能する可能性がある職種の例として、アメリカで一般的に言われるのが、営業職とクリエイター職です。

営業であれば自身が率先して活動し売り上げに貢献するハイパフォーマーの営業スタッフが、営業マネジャーに昇進し、部下の管理を任されたものの、自身の営業活動に専心するあまりチームマネジメントや教育ができないというケース。

クリエイターも同様で、自身がクリエイターとして非常に優秀な仕事をしながら、昇進によってチームやプロジェクト管理など苦手な付帯業務を任され評価を落とすケースがあります。

このような場合、以前の非管理職に降格することで元通りのパフォーマンスが再現される場合が多くあります。

上述の件に関してもう一点、聞き慣れない言葉かもしれませんが、アメリカには Dual Career Ladder という人事用語があります。これは、従業員が管理職ポジションに昇格する必要なくキャリアアップを可能とする人事制度です。

例えば、自社や顧客にとって不可欠な高いレベルの専門性や技術を持っているものの、管理職には興味がない、または管理職としての適性が低いと判断される従業員に、管理職と異なる代わりのキャリアパスを提供する方法です。この制度は従業員の資質や個人の多様性を考慮し、有能な従業員を自社で保持するためにも重要な制度です。

大量退職時代の従業員確保としての降格

人材を確保するのに時間と費用がかかる現在、従業員を失わない方法として、降格は一つのオプションなのかもしれません。

しかし、降格によって目の前に山積した問題が解決することはほとんどないのが現実です。他に良い選択肢がないため必要に迫られ、成功させる自信がある場合にのみ実施すべきです。

昇格を失敗させないために

新しいポジションに昇格した従業員に、会社は必要充分なトレーニングを提供しているでしょうか?

新しい Job Description を見せ、新しい名刺を用意するだけで、何が期待されているのか話していない企業も見受けられます。特定の業務に長けていることと、部下や部門を管理することは、まったく別のスキルが必要です。にもかかわらず、研修や導入期間もないのでは期待されるパフォーマンスが出せなくて当然です。

一方、従業員側は、何はともあれ給与が上がり、対外的にも上位職になるのですから、そのことだけに満足してしまい、雇用主がその対価として期待することにあまり興味を示さなくても不思議ではありません。

必要な研修やサポートを提供することで、外部から採用した新しい従業員よりも社内昇格の方が成功する確率は高くなります。つまり、往々にして、降格を検討しなくてはならない事態を招いているのは、雇用主の人選ミスかサポート不足が要因であることが多いのです。

総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん

2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
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