前回のコラムでお伝えした「人事に関連する重要な法律改正」について、多くの方からご質問をいただき、改めてこの法律改正による影響の大きさを痛感することになりました。
特に、公正労働基準法(Federal Labor Standard Act:FLSA)の Exemption の給与基準変更は、昇給や待遇変更を伴う重要事項です。
今回は、基本情報を再確認し、発表後約1ヶ月経過した現在における各方面からの反響、関連情報のアップデートなどをお伝えします。
そもそも Exempt とは何か?
大前提として、公正労働基準法(Federal Labor Standard Act:FLSA)は、週40時間を超えて勤務する従業員には、通常賃金の少なくとも1.5 倍の時間外手当を支払うことを義務付けています。
しかし、この労働基準法の超過勤務から免除(Exempt)される、次の二つの例外規定が存在します。
- EAP Exemption:経営幹部、管理職、または専門職で雇用されている従業員(Executive, administrative, or professional:EAP)
- HCE Exemption:上記の一部で、高額給与(Highly Compensated Employee:HCE)Exemption に該当する従業員
EAP Exemption とは
EAP Exemption と認められるためには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。
- 遂行される仕事の質や量の変動によって減額されない、事前に決定された固定給が支払われる。
- 支払われる給与額が最低基準額を満たしている。
- 従業員の職務が主に経営、管理、または専門職の職務である。
雇用主は、この Exemption の適用を立証する責任があります。もし、職種名だけで従業員を Exempt と区分し、上記の条件をすべて満たしていない場合、過去2年間の残業代の支払いと、1件につき1,000ドルの罰金が科せられます。
意図的に違反していたと判断された場合は、過去3年分の残業代の支払いが必要となります。また、FLSA 違反を繰り返した場合は刑事罰となり、1万ドルの罰金や禁固刑に処される可能性があります。
EAP Exemption への誤分類には、次のような場合が挙げられます。
- 「営業」の職務で Exempt としているものの、客先訪問や出張が頻繁にない場合
- マネジャーやスーパーバイザーの役職名ではあるものの、2名以上の部下の人事権を持たない場合
- 専門職で Exempt としているものの、特別な資格要件(エンジニアリングや経理などの専攻で大学を卒業しているなど)を求めていない場合
HCE Exemption とは
HCE Exemption は、2004年に追加された規定で、高額報酬の従業員を Exempt とするものです。当時の最低基準給与は10万ドルでした。
この高額な最低基準給与の他、最低基準週給が EAP Exempt と同様である必要があり、また、ホワイトカラーの職務であること、そして上記の EAP Exempt の3の要件である「経営、管理、または専門職の職務を “慣習的かつ定期的に” 実行する必要があります。
つまり、EAP Exemption の場合、これらが主たる職務でなくてはなりませんが、HCE Exemption では主要な職務である必要はありません。
余談ですが、連邦政府は、従業員の確定給付型または確定拠出型プランの適格性を企業が判断する際にも、HCE 基準を使用しています。例えば、401k プランで、HCE とその他従業員の給与差が大きすぎる場合、企業は確定給付型/拠出型プランのスポンサーとして受けられる税控除を失う可能性があります。
6月上旬時点で判明していること
今回の法改正は、上記の EAP Exemption の3つの要件のうち、「基準給与の最低額」が引き上げられたことです。他の2つの要件に変更はありません。
同様に、HCE Exemption も、支払われる給与の最低額が引き合上げられたのみで、他の要件に変更はありません。
下記は前回のコラムでも解説した新しい Exempt の最低基準給与です。労働省の提案を維持しているものの、急激な賃金上昇に雇用主の負担が大きすぎるとの判断から、2024年7月1日と2025年1月1日の2回に分けて、引き上げられることになりました。
現行 | 2024年7月1日 | 2025年1月1日 | |
基準週給 | $684 | $844 | $1128 |
基準年収 | $35,568 | $43,888 | $58,656 |
高額給与(Exempt) | $107,432 | $132,964 | $151,164 |
2016年と2019年の法改正
オバマ政権時の変更
2016年5月、オバマ政権の労働省は、HCE を含む Exempt の基準給与を引き上げ、定期的に更新すると決定しました。
これにより、2016年当時の規則で、最低基準給与が週455ドルから週913ドル(フルタイム労働者の場合は年間47,476ドル)に引き上げられました。これは、当時、国勢調査で最も賃金が低かった地域(南部)のフルタイムの給与労働者の週収入の40パーセンタイルに相当する額です。
テキサス州判事の判断と政権交代
しかし、同年11月、テキサス州東部地区連邦地方裁判所は、この規則が2016年12月1日に発効することを阻止するための仮差し止め命令を求める緊急動議を認めました。そして、結果的にこの規則は違憲と判断され、司法省が控訴したものの政権が交代し、トランプ大統領が控訴を取り下げました。
その結果、2016年は雇用主が踊らされただけとなりました。
トランプ政権時の変更
その後、2019年、トランプ政権の労働省は最低基準給与を週455ドルから週684ドル(フルタイム労働者の場合は年間35,568ドル)に引き上げました。これは、国勢調査で最も賃金が低かった地域におけるフルタイム労働者の週給の20パーセンタイルに相当する額です。また、HCE の基準給与を10万ドルから10万7,432ドル(全国のフルタイム給与労働者の週給の80パーセンタイル)に引き上げました。
これは、雇用主にショックを与えた2016年の改定案よりもかなり緩やかな上昇であったことや、既に2016年の時点で当時の基準に遵守するために給与や Exemption ステータスを調整した企業もあったため、大きな問題もなく、2020年1月1日に発効しました。
今後の雇用主の対応
大統領選挙が近づいていることを考えると、政権交代のあった2016年と同様、選挙結果がこの規則が発効するか否かに影響を及ぼす状況となる可能性があります。
しかし、法律は遵守しなくてはならないので、まず必要なことは、7月1日の第1段階の最低基準給与の上昇への対応です。
ここで、雇用主には2つの選択肢があります。それは、現在の給与を基準値まで引き上げるか、Exemption ステータスを変更するかです。
Exemption ステータスの変更であれば、下記のような問題が想定されます。
- Non-Exempt の職務は Exempt より格下だと誤解し、仕事の価値が低下したと感じる。
- Non-Exempt は、勤務時間を管理する必要があるため、私用による遅刻や早退に PTO(有休)を使用する必要があり、「融通が利かなくなった」と感じる。
- 今まで時間外手当は支給されなかったが、本来は支給されるべきだったのではと疑心暗鬼になる。
- 出張時の移動時間に関するルールなど、勤務時間の計算方法に関して疑問を持つ。
特に最初の2点に関しては、従業員の士気に悪影響を及ぼす可能性を考慮する必要があります。Exempt だった従業員は、これまで享受していた勤務時間に関する柔軟性が失われることに不満を抱く可能性が非常に高くなります。これらの問題を解決するには時間がかかるため、雇用主は様子見の姿勢を取るのではなく、早めに人事部や外部コンサルタントなどに相談し、入念な準備と適切なコミュニケーションを実施することが大切です。法律の変更だからといって、紙一枚、メール一通で対応すると、従業員の不満が思わぬ方向へ向いてしまう可能性があります。
Non Exempt への変更によって時間外手当が支給され、金銭的に余裕ができるから喜ぶはずだと考える管理職もいますが、上述の通り、価値観はさまざまです。
アメリカにおける「サラリー」(時間給ではなく固定給で賃金が支払われること)という言葉の重みは、日本人がイメージする「サラリーマン」のそれとは違うと理解しておくことは極めて重要です。
総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん
2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
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