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雇用主が直面する課題:アメリカでの不完全なジョブディスクリプションとその影響

最近は、ジョブ型雇用の影響からか、日本でもジョブディスクリプション(job description: 職務指示書)の利点が取り沙汰されています。

一方、アメリカでは、職種ごとにジョブディスクリプションが存在することが一般的です。求人の際はもちろん、職務内容を明確化することは人事考課とも密接に関連しており、給与や役職の決定、懲戒や解雇にいたるまで、非常に重要な役割を果たしています。

ジョブディスクリプション作成の一般的手順(抜粋)

作成における重要ポイントの抜粋を読むと、「想像以上に手間がかかりそうだ」と思うかも知れませんが、次にご紹介する点を押さえておかないと、適切なジョブディスクリプションは作成できません。

1)Job Analysis の実施

Job Analysis の方法はいくつかありますが、実際にそのポジションで職務を遂行する従業員へのアンケート調査、人事の直接面接によるヒアリングや職務観察(現業の場合は特に有効)などを組み合わせて実施するのが一般的です。

また、ここで得られた情報に加え、さまざまなソースから職務に関するデータを収集して職務遂行内容をまとめ、各ポジションの上司にも確認します。その際、KSA といわれる、職務遂行に必要な Knowledge、Skill、Ability についての必要性と程度、併せて身体的要件や必要とされる学位や教育、資格についても決定します。

2)Essential Function の決定

職務を遂行するにあたり、絶対的に必要とされる機能を指します。そのポジションの必須業務であり、存在意義でもありますが、ADA(アメリカ障害者法)に規定される雇用主の合理的配慮とも関連しています。それはつまり、雇用主が合理的配慮をしてもこの職務を遂行できなければ、従業員や候補者はそのポジションに対して不適格となるからです。

小規模な事業所ではさまざまな職務の遂行を求められる傾向がありますが、Essential Function は誰かの補助業務ではなく、このポジションが責任を持つ主要業務を指しているので、単なる職務内容のまとめとは異なります。

【Administrative Assistant の例】
The Administrative Assistant facilitates the efficient operation of the assigned department by performing a variety of clerical and administrative tasks.

3)書面の作成

上記1と2で決定した事項を規定のフォーマットにまとめ、ジョブディスクリプションのドラフトを作成します。以下は書面に含まれる項目です。(◎印は必須、〇印は推奨)

◎職種名
◎FLSA(米国公正労働基準法)上の分類/Exempt または Non Exempt
◎報告する上司
◎作成日付
〇ポジションの目的
◎Essential Function
〇コンピテンシー
◎部下の監督有無
◎職務遂行の環境
◎身体的要件
〇職務の分類(フルタイム/パートタイム)
◎勤務スケジュール
〇出張の有無、頻度、場所
◎必要な学位・教育・経験・資格
◎雇用主の免責事項

弊社が人事監査などを実施する際、異なるフォーマットが混在しているのを見かけることがあります。作成した時の人事マネジャーが異なるのかも知れませんが、これは好ましくありません。フォーマットは全社で統一することが重要です。

ジョブディスクリプションに対する否定的な意見

最近は以前より耳にする機会が減りましたが、「ジョブディスクリプションを作成すると、記載していない仕事を頼んでも従業員に断られる」という意見があります。

ジョブディスクリプションには、そのポジションが遂行する仕事が記載されていますが、多くの企業は「ここに書かれた内容に限定しない」、あるいは「その他、上司から指示された業務」と明記しています。

もちろん、明記されていない職務が頻繁に依頼されることは好ましくありませんが、仮に「ジョブディスクリプションに記載がない」という理由で上司が依頼した職務を断る従業員がいれば、それは当事者間の信頼関係やコミュニケーションに問題があると考えるべきで、ジョブディスクリプションの存在が理由とすべきではありません。

要求する学位や資格に注意

日系企業では、職務に必要な要件と関係なく高い学歴を要求するケースが見受けられます。一般企業の経理ポジションに CPA の資格を求めるような場合も同様ですが、これらの資格要件の決定には注意が必要です。なぜなら、不必要に高い学歴や資格を要求することは、米国公民権法第7編(タイトル7)における Disparate Impact とみなされる可能性があるからです。

人事の世界では有名な「Griggs v. Duke Power Co., 401 U.S. 424」という1970年12月14日に米国最高裁で争われた訴訟があります。この裁判のポイントは、企業の雇用条件が応募者の職務遂行能力と関係なく、意図せず特定の人たちの応募を妨げていると判断されたことでした。つまり、職務遂行に必要ないと思われる学位や資格などを要求することや、実務と関連しない筆記試験を実施することなどは、これに該当する可能性が高いです。

上記に心当たりのある企業は、まずは職務遂行に必要な資格要件として、大卒や短大卒の学位や特定の資格が本当に必要か、職務内容と照らし合わせて再検討していただきたいと思います。仮に、全学部全学科対象といった学位要求であれば、恐らくその学位は職務上あまり必要でない可能性が高いです。

また、これは別の視点となりますが、日本と異なり、アメリカでは高校卒業後すぐに大学に入学する人ばかりではありません。働きながら時間をかけて学位を取得する人、一度勉強を中断して、しばらくしてから再開する人なども多いです。もし、採用時点で大学の学位が絶対条件でない場合、学位取得「予定者」にターゲットを広げることは、深刻な採用難の今日において有効な手段ではないでしょうか。

不完全なジョブディスクリプションに起因する問題

不完全で、実態に合致しないジョブディスクリプションは、実務に不都合が生じることはもちろん、法的リスクが高くなることも知っておく必要があります。

例えば、ジョブディスクリプションを信じて入社した新入社員は、実務との乖離をどのように感じるでしょうか。リテンションやエンゲージメント向上の妨げにならないでしょうか。実態を反映していないジョブディスクリプションを基にパフォーマンス評価を行うことは、不適切ではないでしょうか。

その評価を基に懲戒や解雇を実施し、従業員が不当解雇を主張した場合、雇用主は高いリスクを負うことになります。このように考えると、不完全なジョブディスクリプションの危険性を理解していただけると思います。

ジョブディスクリプションは変化する

弊社でジョブディスクリプションの作成を代行する場合、作成から半年を目途に実態を確認するヒアリングを行い、その後、ジョブディスクリプションを適宜修正します。それは、短期間であっても作成時と職務遂行時で差異が発生することが珍しくないからです。

このような実態を考えた場合、可能であれば毎年、最低でも2年に1回はジョブディスクリプションを見直すことが非常に重要です。

総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん

2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
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