4月下旬、雇用主にとって重要な二つの法律改正に関するニュースが飛び込んできました。今回はこの「Exemption の給与基準」「雇用後のほぼすべての競業避止契約を禁止する最終規則案(最終規則)」について解説します。
Exemption の給与基準変更
2024年4月23日、米国労働省(DOL)は、公正労働基準法(FLSA)に基づく最低賃金および残業手当要件から免除される「ホワイトカラー」(幹部、管理職、専門職)の最低給与基準を引き上げる最終規則を発表しました。新しい基準賃金は下記の通りです。
現行 | 2024年7月1日 | 2025年1月1日 | |
基準週給 | $684 | $844 | $1128 |
基準年収 | $35,568 | $43,888 | $58,656 |
高額給与(Exemption) | $107,432 | $132,964 | $151,164 |
2024年7月1日に発効する第1段階では、国勢調査で賃金が最低の地域(現在は南部)の20パーセンタイルが基準となり、全国のフルタイム給与所得者の80パーセンタイルが高額給与 Exemption の基準となっています。2025年1月1日から発効する第2段階では、同35パーセンタイルと85 パーセンタイルが使用されます。
2027年7月1日からは、上記根拠データを反映して3年ごとに金額が更新されます。
2024年7月1日と2025年1月1日の2回にわたり、Exempt 従業員とするために必要な最低賃金が引き上げられることがおわかりいただけたと思いますが、実はこれ以外にさらに重要な点があります。それは、公正労働基準法(FLSA)の通達にも明確に記載されている下記の点です。
Meeting the salary threshold doesn’t automatically make an employee exempt from overtime pay
(給与の基準を満たしたから自動的に残業代が免除されるわけではない)
つまり、前述の給与を支払うだけでは Exempt には分類されないということです。上記の基準額を満たした上で、 現在同様に FLSA が規定する特定の職務テスト要件を満たさなければなりません。
Exemption の職務テスト要件には、管理職、運営事務職、専門職、クリエイティブ職、IT 技術職、外勤営業職、小 売職の7項目があり、それぞれに細かい条件が設けられています。自社のポジションが Exempt かどうか疑問のある方は、弊社を含む労務関連の専門家へ相談されることをお勧めします。
弊社コンサルタント陣の経験では、これらの細かい条件を充分に確認しないまま、この基準賃金と職種名(例: 〇〇マ ネジャー)で Exempt と判断している例が見受けられます。
たとえば、「管理職」として Exempt の基準を満たすには、採用・解雇権を持つ部下を2名以上を管理しているなどの要件があります。また、営業は比較的 Exempt に分類されることが多い職種の一つですが、「商品やサービスの受注や契約を主業務とする活動」との規定があるため、営業と名の付く職種が全て Exempt ではない点にも注意が必要です。
さらに、日本と異なり、みなし残業代は認められないので、想定した残業代を上乗せして Exempt に分類することはできません。
また、Non-Exempt 従業員は実働時間を確実に記録・管理することが雇用主の義務とされています。FLSA の規定に基づき、これらの記録は作成された日から少なくとも3年間の保存義務があることも忘れてはいけません。
日本と比較して残業が少ないアメリカでは、残業代節約のために Exempt へ意図的に「誤分類」するというよりも、 日々の勤務時間管理の煩わしさや、日本の労働慣習との勘違い、労務管理への認識不足などが原因であることが多いようです。しかし、理由はどうあれ、誤分類によって罰則を受けるのは雇用主です。このような事態になれば、従業員の士気や人材採用への影響も少なくないことは肝に銘じておく必要があります。
なお、ニューヨーク州やカリフォルニア州など、州によってこの新基準より高い基準を設けている州もあるため、自社の拠点がある州の法律も確認しなくてはなりません。
最後に、オバマ政権およびトランプ政権下で発布されたホワイトカラー規則同様、バイデン政権のホワイトカラー規則に対しても法的異議の申し立てがあるかもしれません。申し立てがあれば、この最終決定が2024年7月1日に発効されない可能性もありますが、 Exemption の区分を今一度見直し、来るべき日に備えることが必要です。
米国連邦取引委員会(FTC)、雇用契約の競業避止条項の大部分を禁止する最終規則案を承認
2024年4月23日、連邦取引委員会(FTC)は公開会議を開催し、雇用後のほぼすべての競業避止契約を禁止する最終規則案(最終規則)を3対2で可決しました。
「競業避止」とは、従業員が離職した後の一定期間、競合他社に雇用されたり、競合事業を立ち上げたりするなどの行為を禁止することと定義されます。
最終規則の主要項目は、次の通りです。
- 発効日以降、業界や労働者の役職やレベルに関係なく、雇用主と従業員の間で締結される雇用終了後のすべての新たな競業避止契約を禁じる。
- 既存の雇用が終了した後の競業避止契約を、上級管理職にのみ維持することは可能。上級管理職とは、ビジネス戦略を立案する立場にあり、年収151,164 ドル以上の従業員と定義される。
- 既存の競業避止契約を正式に解消する必要はありませんが、雇用が終了した後の競業避止契約は強制力がなくなったことを従業員に通知する必要がある。
- 事業売却の場合は例外となる。
特殊技術や製品特許などを抱える企業にとっては、大きな影響を受ける規制だと思いますが、まず、この条項について、一部弁護士が指摘するような以下の点を充分に理解する必要があります。
- 裁判所が「規則で定められた方法で競業禁止協定を禁止する権限が FTC にない」と判断する可能性がある法的根拠がいくつかあること。
- 異議申し立てが行われた場合、訴訟が継続している間は、最終的な規則の発効を阻止する全国的な差し止め命令を求める動きがある可能性が高いこと。
- 最終的に、規則の合法性は米国最高裁判所に審理されるであろうということ。そして、その間、雇用主はこの規 則の影響について弁護士と話し合う必要があること。
何事にも万全の準備をしておくことは重要ですが、刺激的なメディアの見出しや、危機感を煽るような営業メール に惑わされず、正確な最新情報を得てから行動する必要があります。
ちなみに、米国人事マネジメント協会(SHRM)は、この案に対し、慎重な姿勢を取ることを表明しています。SHRM は競業禁止条項の全面禁止ではなく、適切に構成された契約への同意を認めることを主張しています。なぜなら、雇用主の知的財産を保護し、不当競争防止の任務を負う人事担当者にとって、競業禁止の全面廃止は重大な課題となるからです。
総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん
2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
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