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第11回 コロナ禍での経済再開と心の健康

ワシントン州では6月30日に経済活動が全面再開となりました。地域や組織によって異なりますが、さまざまな形での自宅待機や規制が長く続いたこともあり、「待ってました!」という方々がいらっしゃる一方、「”元の生活” に戻るということに大きな不安を感じている」という方も多くいらっしゃいます。感染のリスクがなくなったわけではないため、他人との接触の機会が増えるとともに、心配事やストレスが増えたというお話を多く聞くようになりました。

リモートワークへの移行は容易ではありませんでしたが、それに伴って得られたリラクゼーションや趣味、大切な人やご家族・ペットと過ごす時間を失ってしまうことへの不安。ワクチン接種の有無やリスク要因にかかわらず、お友達や同僚から食事やパーティに誘われてしまい、さまざまな恐怖や不安に悩まされながらも、批判的な対応をされるのではないかという思いから正直に打ち明けることができずに深まる孤立感や孤独感。そんな中で毎日の生活を再設計していくプロセスは心理的負担が大きく、心と身体のバランスが崩れがちです。

「元の生活」「普通の生活」

まず考えなければならないことは、規制の解除によって、私たちの生活が本当に「コロナ前」や「通常」の状態に戻る(もしくは戻った)のだろうかということです。

例えば、より一層深刻さを増したアジア人に対する差別や暴力に関する心配はどうでしょう。大きな恐怖感や不快感を感じる中、自宅勤務をしていた間はバスに乗る恐怖や同僚から受ける差別やマイクロアグレッションから解放され、「ストレスが軽減された」という報告もあります。

また、アメリカ国内にご家族がいる方にとっては、「やっとコロナ前のように家族と会える」という状況になったかもしれません。でも、日本にご家族がいらっしゃる方や、自宅待機期間中に不幸にもご家族をなくされた方にとっては、必ずしも「以前のように」とはいきません。心の痛みを受け入れながら生活することになり、がんばっても「以前の生活」には戻りようがありません。そのため、「Returning to pre-COVID」や、「Back to normal life」のメッセージが喪失感や無力感を大きくし、さらに心の傷が深まります。

日米の文化の違い

日本への旅行や帰省を検討し始めると、日本側の水際対策やコロナへの対応が米国とは異なることもあり、空港での拘束時間の増加や、宿泊施設での自主隔離期間に加え、長時間の渡航中の感染の恐れのほか、まだワクチンの接種を受けていない人は受けることへの戸惑いなど、越えなければならないさまざまなハードルがあります。

Aさんは、地域住民同士の関わりが強い地方にお住まいの日本のご家族から、「今Aさんがアメリカから来ると、職場や近所の方が感染を心配するし、両親がアメリカからのウイルスの持ち込みを許容する非常識者のような偏見の目で見られる」と言われ、一時帰国をやめられたそうです。

また、Bさんは、自宅リハビリ中の家族を見舞いたいけれども、「Bさんの日本入国後の2週間にわたる自主隔離期間が完了し陰性と判断されるまで、そのご家族のリハビリが中止される」と聞き、帰国をためらっているそうです。アメリカ人の友人やパートナーに相談しても、このような日本独特の価値観や事情を十分に理解してもらえず、その結果、アメリカ社会での孤独感と日本の家族に対する罪悪感の板挟みで、さらに苦しい思いをされています。

感染に対する不安感と人種差別に対する不安感、新たな「通常」に慣れることへの不安感を抱えながら、社会的責任を果たそうとすることには、想像以上に過度の心理的負荷がかかることが懸念されます。

選択の自由と責任の重さ

厳しい規制や制約には不便さや苦痛、不満などが伴います。そのため、その規制が緩和されたり自由が与えられたりすると、幸せの度合が増えるように感じます。でも、与えられる選択の自由が大きければ大きいほど、不安が大きくなることがあります。

例えば、誰かに「何でもいいから、本を一冊買ってきて」と頼まれたと想像してください。どのようなリアクションに気が付きますか?指定された本を購入する場合や予算が設定されている場合に比べて、戸惑いを感じたり、本を選ぶのに費やす時間や労力が増えるのではないでしょうか。購入するものの額面が大きくなると、どうでしょう。「間違った買い物をしたくない」というプレッシャーが大きくなりませんか?

これは、自分の選択が失敗だと気づいても、言い訳をしたり人のせいにするという心理的な逃げ場がないことを知っているためです。選択の自由には責任がついてまわることのパラドックスをどう受け止めるかは、人によってさまざまです。でも、不安やプレッシャーに押しつぶされそうなのに平気なふりをしたり、世間体を優先して無理に辻褄を合わせようとしたりすると、心のバランスはさらに崩れていきます。

心の健康を維持するためにできること

では、どのようなことに気を付けると効果的でしょうか。ここでは、今すぐに始められることをいくつかご紹介します。

言葉の選択

「戻る」という言葉は現状から後退する印象を与えがちです。馴染みがあり、知っている状態に「戻る」のは安堵を感じる一方、新しい状況に対応するためにしてきたさまざまな努力やそれによって会得したものが無駄になってしまうようにも思われます。

そこで、「前のように戻りたい」と思ったときには、少し視点を変えて、苦労や苦痛を通して成長した自分を再認識し、「今この瞬間どうしたいのか」に焦点をあててみてください。将来のことで不安になった時も「これからどうしよう」と考えるより、「これからのために今日どうしよう」と問い直してみてください。

ないものや足りないものではなく、求めているものに名前を付ける

「時間がない」「幸せではない」「自分をコントロールできない」など、ないものやできないことを繰り返し言ったり聞いたりすると、「ない」ことが私たちの脳に強く残り、自己否定化されてしまいます。

そこで、それらを「時間が欲しい」「幸せになりたい」というように変えることで、脳に肯定的なメッセージを送ることができます。でも、「幸せになりたい」というのは漠然としていて脳が反応しづらいので、自分にとって「幸せ」と感じられる具体的な要素に名前を付けます。例えば、絵を描くことが好きな方は「絵を描く時間が欲しい」ではなく、「1日に30分、絵を描きたい」とか「夕飯の後は絵を描く時間にしたい」というように、詳細まで具体化していきます。

考え続けるのではなく、外に出す

頭の中でいろいろと考えていると、収拾がつかなくなることや、忘れたようでも無意識に覚えていることにとらわれたりと、ストレス要素が増えます。毎日食料品を買って、とりあえず冷蔵庫に次から次へと詰め込むような感覚で、何が入っているのか、何どこにあるのかわからなくなったり、何度も同じようなものを買ってきたりして、結局奥にあるもには触れずに終わってしまいます。

そこで、誰かに話したり、付箋やノートに書き留めたり、携帯やパソコンのアプリを利用したりするなどして、考えや気持ちをどんどん外に出していくことで、「忘れないようにしなければ」という意識的・無意識的なプレッシャーの積み重なりからも解放され、考えが深まりやすくなったり、まとまりやすくなったりします。文章にしようとすると時間とストレスが余計にかかることがあるので、単語やイラストをランダムに書き留めるだけで十分です。

身体のリラクゼーション

心のゆとりは身体がリラックスしている時ほど得られやすいのですが、病気やケガと異なり、心が休養やメインテナンスを必要としているサインは見逃しやすく、後回しになりがちです。

ですが、それらのサインを無視し続けたり否定し続けると、ストレスや心の不調が頭痛や腰痛となって現れたり、痛みを感じやすくなることがあります。怖い思いをすると身体がこわばるような経験をお持ちの方も多いと思います。それは、脳や身体が恐怖を覚えていて、身体がこわばることで「怖い」という感情との結びつきが起こるためです。

痛みを感じた時はもちろん、定期的に身体にたまったストレスを取り除いたり、その予防をしたりすることが、心の健康につながります。ヨガやストレッチの効果はご存じの方が多いと思います。他にも、数秒でできる簡単なこと、例えば手を洗う、好きなものの香りをかぐ、手足や指先の血行を良くする、などを生活の中に頻繁に取り入れることも、とても効果的です。

佐野圭子 Ph.D., LMHC, NCC, SAS
メンタルヘルス&キャリアカウンセリング
CCC Counseling & Consulting
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電話:(360) 328-1233
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