ナースプラクティショナー・助産師・看護学博士
押尾 祥子さん
Sachiko Oshio, CNM, PhD, ARNP
Nadeshiko Women’s Clinic
【メール】 info@nadeshikoclinic.com
【公式サイト】 www.nadeshikoclinic.com
詳細プロフィールはこちら
乳ガンの早期発見の手段としてのマンモグラム(mammogram)の有効性は1960年代から研究されてきていますが、どのように利用するのが一番良いのかについては、いまだに賛否が分かれています。
検査をすればするほど、疑陽性という結果が多くなり、不必要な再検査や生体組織検査(生検、バイオプシー)の数が増えます。だからと言って、検査の頻度を減らしすぎると今度は発見される前に乳ガンが進行し、手遅れになる例が出てきます。
何歳から、どのくらいの頻度で、どのような内容の検査をするのが一番乳ガン予防に効果的なのかについては、まだ医学界でも確実な答えが出ていません。
なぜマンモグラムの乳ガン予防効果を判断するのが難しいのか
マンモグラムをした人と、しなかった人の、乳ガンの発見率や乳ガンによる死亡率を比べる研究はたくさんあるのですが、その効果を比べるのは非常に難しいものです。
第一に、乳ガンの早期発見が死亡率を下げるか調べるためには、何年も追跡調査をしないといけません。ところが、研究の開始時期のマンモグラムと最近のマンモグラムでは、精度が違います。マンモグラムを2017年に受ければ発見されたかもしれない乳ガンを、1990年代のマンモグラムでは見逃しているかもしれません。
次に、マンモグラムの受診率によって、その地域の乳ガンの発見率も死亡率も影響を受けます。マンモグラムを受けた人が30%だった場合とくらべて、90%だった場合の方が、死亡率を減らす効果は高いと予測されるのですが、いくつもある研究を比べると、受診率がまちまちなので、同じように比べることができません。
さらに、乳ガンの治療法も劇的に進歩しています。20年前には発見されても治らなかったガンが、現在では完治するか、あるいは、ガンの治療をしながら10年以上普通の生活を続けることができるようになっています。乳がんの死亡率の変化は、マンモグラムの効果が3分の一、治療法の進歩によるものが3分の2ぐらい、という推定をする研究もあります。
マンモグラムの不利益
マンモグラムの受診率が高くなり、精度が高くなって小さな腫瘍も発見できるようになると、疑陽性が多くなってきます。
現在のマンモグラムでは、およそ10人にひとりが異常という評価を受けて、追加の放射線診断や、生検(バイオプシー)を受けるようになっています。「マンモグラムで異常が見つかったので、再検査を受けてください」と言われると、誰でも「自分は乳ガンになって死ぬかもしれない」と思い、生検を受けてその結果が出るまでの2週間ほどの間、大変なストレスや恐怖感を感じるものです。
ところが、発見される腫瘍のうち、実際に乳ガンだと判明する例はおよそ25%程度で、75%は良性です。したがって、もし、100人の人がマンモグラムを受けたとすると、10人が生検(バイオプシー)を受け、2人ぐらいが本当のガンで、残りの7-8人は良性だという結果になります。疑陽性が多くなると、その処置や病理検査にかかる医療費がかなり高額になり、アメリカの医療費の高騰に貢献しています。
マンモグラムの開始年齢
「40歳から毎年マンモグラムを受けましょう」と、一般的に推奨されていますが、2009年に米国予防医療サービス専門作業部会(USPSTF)という団体が、「40代のマンモグラムは疑陽性の害の方が高いため、他のリスクがないかぎり、50歳まで受けなくても良い」という指針を発表しました。
この指針は一般のニュースでも大変な話題になり、医学界でも賛否両論の議論が盛んに行われたのですが、その結果、マンモグラムの受診率が下がったかというと、それほど大きな変化はありませんでした。
2011年のデータを解析した研究によると、37歳の人のマンモグラム受診率は16.9%から12.5%に下がっていましたが、45歳の人の受診率は58.6%から57.3%と、ほんの少ししか下がっていませんでした。
その理由として、新しい研究結果が実際の医療判断に反映されるまでに何年もかかるという医師側の理由、また、一旦マンモグラムを受け始めると、習慣的に毎年受けることになるという患者側の理由が挙げられています。
発見されるガンの種類
マンモグラムが使われるようになって、発見される乳ガンの総数は増えたのですが、2センチ以下の小さいガンの発見率が高くなった割りには、5センチ以上の大きなガンの発見率はほとんど変わりません。
もし、初期の小さな乳ガンを見つけて治療することによって大きな乳ガンになることを防ぐことができたとすれば、大きなガンが見つかる数が下がるはずですが、そういう傾向は見られません。
最近では、ひとまとめに乳ガンと言っても、いくつもタイプが違うものがあり、小さくて見つかる乳ガンの多くは、何年も小さいままでいるものが多いということがわかってきています。
したがって、マンモグラムがもっとも得意とする、小さな乳ガンの発見という機能は、これからの乳ガンの診断方針としては、重要度が減ってくることが予想されます。
現在、乳ガンのタイプを調べる血液検査の研究も進んできているので、将来は、マンモグラムよりも、血液検査による診断が中心になる可能性もあります。
米国ガン協会(American Cancer Association)のマンモグラム受診の指針
最新の情報をもとにして、米国ガン協会が各種のガンの予防のための指針を毎年発表するのですが、2016年3月の指針は下記のようになっています。特に、検査を行う利点と疑陽性などの不利益を考慮して、利点の方が明らかに不利益よりも勝るので、強く勧めるという項目(A)と、利点は明らかにあるけれど、同時に不利益が増える可能性があるので、あまり強くは勧めないという項目(B)と区別しています。
1. | 特に他のリスクが認められない女性の場合は、45歳から定期的にマンモグラムを受けましょう。(A) |
1a. | 45歳から54歳までの女性がマンモグラムを受ける間隔は、一年に一回が良いかもしれません。(B) |
1b. | 55歳以上の女性は、マンモグラムの間隔を一年置きに延ばしても良いかもしれません。(B) |
1c. | 40歳から44歳までの女性は、毎年マンモグラムを受けることにする、という選択肢もあります。(B) |
2. | マンモグラムを受けなくても良くなる年齢は指定してありません。女性が健康で、余命が10年以上ある間は、マンモグラムを続けましょう。(B) |
3. | 他のリスクが認められない女性は、年齢に限らず、胸の触診の検診は推奨しません。(B) |
米国ガン協会は、別にリスクの高い女性のための指針を2007年に出しています。たとえば、BRCA 変異やその他のガンを起こしやすい遺伝子異常のある女性、あるいは、ホジキン病などの理由で胸部に放射線治療を受けたことのある女性、家族に何人も乳ガンや卵巣ガンの既往がある女性、特に50歳未満の乳ガンや卵巣ガンがある場合は、遺伝相談士に紹介してもらいましょう。
リスクの判定をした結果、もし生涯のうちに乳ガンになるリスクが20-25%か、あるいはそれよりも高いと判定された場合は、30歳から毎年マンモグラムと MRI を受けることが勧められています。
ガンの予防
マンモグラムはガンの早期発見の手段なので、発見された時には既にガンができています。ガンを確実に防ぐことはできませんが、ガンになるリスクを少なくするためには普段からの生活管理が大事です。
タバコを吸っていると、肺ガンだけでなく、乳ガン、子宮ガンにもなりやすいので、やめましょう。体重が増えすぎると体内のエストロゲンが増えて乳ガンになりやすいので、適度な体重を保ちましょう。定期的な運動は、乳ガンになる確率を低くするばかりでなく、乳ガンの治療の後の生存率を高めることもわかっています。食事は、脂肪を少なめに、野菜や果物を多く摂取し、血糖が高くならないように気を付けると、乳ガンのリスクを減らすことができます。
婦人科検診とマンモグラム
何も問題がない女性の場合、医師やナースプラクティショナーの勧めがなくても、マンモグラム・センターに直接電話予約をして、マンモグラムを受けることができます。
リスクが高い場合、あるいは、自覚症状がある場合は、まず受診して、オーダーを出してもらわないといけません。
自分はリスクが低いと思う場合も、年齢、病歴、家族歴、個人の不安や好みに応じて、どのような検査の選択肢があるか、ということを主治医やナースプラクティショナーに相談し、自分の納得の行く方法を選びましょう。
掲載:2017年3月