ナースプラクティショナー・助産師・看護学博士
押尾 祥子さん
Sachiko Oshio, CNM, PhD, ARNP
Nadeshiko Women’s Clinic
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前回のコラムでは、クロミドという薬を使う卵巣の機能の検査をする方法 『クロミド・チャレンジ・テスト』 についてご説明しましたが、今回は、同じクロミドを使って排卵を促進する方法について説明します。
クロミドは、脳から卵巣を刺激するホルモンが正常に出ているのに卵巣の反応が悪く、排卵が起こりにくくなっている場合に使われる治療薬のひとつです。男性側に原因がある場合や、卵管が詰まっている場合などの場合は、この薬は役に立ちません。また、前回説明したクロミド・チャレンジ・テストの結果、卵巣機能がかなり悪くなっていると認められた場合にも、この方法は適しません。急激な体重減少などによって脳から卵巣を刺激するホルモンが出なくなった場合も使えません。
クロミドが一番多く使われるのは、多嚢胞卵巣症候群で排卵が起こっていない場合です。多嚢胞卵巣症候群というのは、生理が不順で、基礎体温を測っても2層性にならず、超音波をすると卵巣のふちに排卵できなかった卵胞があわびのような形に並んでいるのが確認できる病気です。多嚢胞卵巣症候群は糖尿病と関係があり、インシュリンの効き方が悪くなっている場合が多いため、糖尿病治療薬とクロミドとを併用することもあります。
クロミドは一錠50グラムで、普通は生理周期の5日目から9日目まで一日一錠ずつ飲みます。10日目から排卵予測キットを使って毎日尿検査をします。予測キットの色が変わった日と、その次の日に性交をします。普通は同じ量で3ヶ月ほど試し、妊娠しないようなら、クロミドの量を増やします。最高で150グラムずつ飲むこともあります。
クロミドを飲むと、だいたい70%ぐらいの確率で排卵が起こると言われています。ただし、すべての条件が整っていたとしても、人間の妊娠率はそれほど高くないので、70%の率で妊娠できるわけではありません。いつまでクロミドの治療を続けるかは、その人の年齢や不妊症の原因などによりますが、私はあまり長く続けません。
不妊症専門医は、同じクロミド治療でも、成功率を上げるための工夫をします。同じように処方されたクロミドを飲みますが、排卵日が近くなると血液検査や超音波検査を一日置きに行なって、排卵を予測します。排卵が近いと判断した時に、排卵を確実に起こさせる注射をし、その36時間後に人工授精を行うこともあります。
クロミドを使うことによって一番問題になるのは、双子や三つ子の妊娠が増えることです。また、量が増えてくると、卵巣過刺激症候群といって、卵巣が急に大きく腫れて腹水が溜まり、入院治療しなければならなくなることもあります。さらに、クロミドは体内に蓄積するので、長く続けると、かえって妊娠しにくい体質になってくることもわかっています。「クロミドを使うと癌が増える」という研究報告がありましたが、その後の研究で、「おそらく、治療する理由となった不妊症が卵巣癌の原因だったので、治療に使ったクロミドではないだろう」ということがわかってきています。
最近では、クロミドの代わりにレトロゾールという癌の治療薬を使うこともあります。レトロゾールはクロミドよりも双子や三つ子ができる率が少ないとされています。また、クロミドで排卵の起こらなかった場合でも、レトロゾールが排卵を起こすことができるという報告もあります。この薬はまだ新しいので、どのくらいの量が適切なのか、どういう人に使うのが一番効果的なのか、という研究が進められています。
クロミドは比較的安価で手軽に使われるため濫用される傾向があり、注意が必要です。不妊症の治療に心理的な抵抗があって専門家のところに行きたくない人が、家庭医や産婦人科医からクロミドの処方を受けるだけで何年も続けている例をよく見ます。もっと専門的な治療を受ければ妊娠できるかもしれないのに、クロミド服用だけに時間を費やして時間を無駄にしてしまうのはもったいないことです。卵巣機能が落ち始めると、妊娠可能な時間というのは、すでに限られている場合が多いのです。「決心がついて専門家のところに行くころには、もう卵巣機能が足りなくて、体外受精を含む治療もすべて不可能だった」ということにならないよう、限度を認識して治療を受けてください。クロミドだけで治療してみるのは、年齢や卵巣機能にもよりますが、3ヶ月から6ヶ月が限度だと私は思います。
(2008年12月)