ここ最近、「AI ネイティブ企業」(AI-native companies)という言葉をよく耳にします。AI ネイティブ企業とは、かつてデジタル・ネイティブ企業が、インターネットを活用することで、市場参入コストと時間を大幅に削減したように、業務プロセスから製品、販売、顧客対応に至るまで、あらゆる領域にAIを組み込み、ビジネスモデルや組織の在り方をディスラプトしている企業を指します。Microsoft の CMO(Chief Marketing Officer)である Jared Spataro 氏は、AI ネイティブ企業の特徴を大きく4つに分類して紹介しています。
1. AIを「守り」と「攻め」の両面で活用する
AIネイティブ企業は、AIをコスト削減のための「守り」と、新たな価値創出のための「攻め」の両方に活用しています。「守り」では、給与計算や契約書レビューなど、競争優位性を生まない日常業務をAIに任せることで、運営コストを削減します。一方で、「攻め」は、AIを活用して新たなビジネスチャンスを発掘し、顧客に新たな価値を提供します。例えば、マーケットリサーチ用のプロダクトを開発している企業であれば、社内の単純作業をAIで効率化する守りだけでなく、主力製品に生成AIを組み込み、顧客のユーザー調査や市場調査の効率や規模を向上させる攻めにも活用する形です。
2. 組織全体で専門知識を民主化する
従来、専門知識は個人に依存するものでしたが、AIネイティブ企業では、その知識を組織全体で共有・活用できるようにしています。例えば、AIネイティブの広告代理店では、20年以上にわたる広告効果に関する研究データをAIに統合することで、クリエイティブ担当者を含むすべての従業員が、日常的に使用するツールを通じて、その企業に蓄積された深いインサイトを活用できるようになっています。
3. データを最大限に活用する
多くの企業は膨大なデータを保有しているものの、分析に時間と労力がかかるため、有効活用しきれていないのが現状です。しかし、AIネイティブ企業は、これまで埋もれていたデータや、複数の場所に分散していたデータを瞬時に統合し、実用的なインサイトに変換します。例えば、あるヘルスケア系スタートアップでは、AIを活用して、患者の検査結果、服薬状況、食事の嗜好など200以上の要素を分析し、個別最適化された医療を提供しています。また、別のAIネイティブ企業では、地方自治体の議事録や都市計画委員会の資料などの公開情報を収集・分析し、政府関係者、不動産開発業者、市民が活用できる形で有益な情報を提供しています。
4. フラットで柔軟な組織を構築する
AIの活用により、AIネイティブ企業は少人数で大規模な業務を遂行できます。例えば、これまで10名規模のチームで取り組んでいたプロジェクトが、生成AIの導入によって、わずか1人でこなせるようになるケースもあります。あるスタートアップでは、CMOを採用せず、AIを駆使する若手マーケターがフルスタックのマーケティング業務を担っています。こうした企業では、従来の企業と比べてヒエラルキーが少なく、トップダウン型の意思決定が減少します。さらに、AIを活用することで、それぞれの従業員は自身の専門領域を超えてスキルを拡張し、マーケティングやHRなどの業務を横断的に担当できるようになります。その結果、組織は職能別ではなく、プロジェクトや目標に応じてより流動的に編成されるようになります。
株式会社POSTSの代表である梶谷健人氏は「AIネイティブ企業で働く人々は、人間としての思考のOSがアップデートされていき、従来型の組織で働く人と100倍~1000倍の能力の差が生まれるかもしれない」と語っています。同氏はこの現象を脳の進化に例えています。すなわち、人間の原始的な本能や戦闘・運動をつかさどる脳深部、理性や思考を司る大脳新皮質の外側に、「AI新皮質」のような新しい脳のレイヤーが生まれ、AIのスペックが人間の能力の一部として認識されるようになるというものです。この例えは決して非現実的なものではなく、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)の進化が進み、AIを搭載した小型デバイスが脳に埋め込まれるようになれば、脳とAIの境界はほとんどなくなる可能性があります。
AIを開発するスタートアップであれば、比較的容易にAIネイティブ企業へと近づくことができるかもしれません。しかし大手企業の場合は、既存の組織や業務プロセス、ビジネスモデルが確立されているため、それらをどのように再構築するかが課題となります。この課題に対して、前述のSpataro氏は「AIネイティブなマインドセット」を持つことの重要性を強調しています。自社の既存プロセスに関連する課題について、「AIで解決できるか?」と常に問いかけ、AIを活用して再構築できないかを考える習慣が定着すれば、AIファーストな組織へと進化していくと述べています。
また、コンサルティング企業のGallupは、AIネイティブ企業への変革にはまず「企業カルチャー」を変える必要があると指摘しています。つまり、従業員がAIの可能性を受け入れるためには、新しい働き方や、組織に価値をもたらす新しい技術の採用を促すカルチャーを醸成するとともに、従業員がそのカルチャーに強く共感できるようにすることが重要です。そのため、組織のリーダーには、企業のビジョンに沿う形でAI戦略を明確に示し、従業員に丁寧にそのメッセージを伝えていくことが求められているのではないでしょうか?
提供:Webrain Think Tank 社
【メール】 contact@webrainthinktank.com
【公式サイト】 https://ja.webrainthinktank.com/
田中秀弥:Webrain Think Tank社プロジェクトマネージャー。最先端のテクノロジーやビジネストレンドの調査を担当するとともに、新規事業創出の支援を目的としたBoot Camp Serviceや、グローバル人材の輩出を目的としたExecutive Retreat Serviceのプロジェクトマネジメントを行っている。著書に『図解ポケット 次世代インターネット Web3がよくわかる本』と『図解ポケット 画像生成AIがよくわかる本』(秀和システム)がある。
岩崎マサ:Webrain Think Tank 社 共同創業者。1999年にシアトルで創業。北米のテックトレンドや新しい市場動向調査、グローバル人材のトレーニングのほか、北米市場の調査、進出支援、マーケティング支援、PMI支援などを提供しています。企業のグローバル人材トレーニングや北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。