2024年の米国大統領選挙では、共和党のドナルド・トランプ氏が民主党のカマラ・ハリス副大統領を破り、大統領に返り咲くことになりました。米国大統領選挙は膨大な広告費用が投じられるため、マーケティング業界でも大いに注目されています。今回の Seattle Watch では、トランプ陣営が活用したマーケティング戦略を詳しく分析していきます。
2024年の大統領選挙
2024年の大統領選挙は、共和党のドナルド・トランプ氏と民主党のカマラ・ハリス氏の間で繰り広げられた、過去一世紀で最も激しく分断的な政治闘争の一つでした。世論調査では選挙終盤まで超接戦が予測され、双方とも勝利を確信していました。しかし、最終的にはトランプ氏が312人の選挙人(※ 勝利に必要な270人を超える)を獲得し、ハリス氏よりも1.9%多い得票率で勝利しました。選挙の最終週には、政治広告に合計10億ドルが費やされたと報じられています。ハリス陣営は選挙戦全体を通じて共和党よりも4億6千万ドル多く支出しましたが、それでも敗北を喫したことから、トランプ陣営の選挙マーケティングに関心が集まりました。
そこで、今回の Seattle Watch では、各候補者の政策やリーダーシップについてではなく、2024年の選挙でトランプ陣営が使用したマーケティング手法に焦点を当て、接戦と予測されていた中でどのようにして最終的に大きな差を生み出して勝利したのかを考察していきたいと思います。
デジタルマーケティング
トランプ陣営のデジタルマーケティングは、2024年の大統領選挙戦において大きな進展を遂げました。
特に、X(旧Twitter)を中心としたSNSが戦略の核となり、支持者との直接的なコミュニケーションを活性化させました。また、集会や演説をTwitchでライブ配信することで、従来のニュースメディアを利用しない若年層の有権者との接点を効果的に築きました。
また、短くインパクトのあるコンテンツを作成し、バイラル動画になることを狙うことでトランプ氏をニュースの中心に据え、メディア内でその声を際立たせることに成功しました。この戦略では、単に注目を集めるだけにとどまらず、支持者の忠誠心を醸成し、有権者の行動を促すことが重点に置かれていました。
さらに、データを活用したターゲティングによって潜在支持者にパーソナライズされたメッセージを届け、「自分がケアされている」と感じられる体験を提供しました。
ポッドキャストと長尺コンテンツ
トランプ氏がポッドキャストを多用した点も特徴的で、ポットキャストの長尺コンテンツの人気上昇を見越し、その領域への投資を強化しました。
そこでトランプ氏は有権者とより深く関わり、政策や個人的なエピソードを語ることで、従来の広告では伝えきれないニュアンスやコンテクストを提供しました。同陣営は、特に若年男性層や政治に関心の高い層をターゲットにしていました。
例えば、ポッドキャスト司会者であるジョー・ローガン氏の人気番組では、トランプ氏が出演したエピソードの再生回数が5,000万回を突破しています。同番組の視聴者の約8割は若い男性であり、マノスフィア(※)と呼ばれる男性中心のオンライン・コミュニティで高い影響力を持つことに成功しています。
陣営アドバイザーのジェイソン・ミラー氏は、「ポッドキャストや YouTube 番組といった非伝統的なメディアの影響を見ると、有権者が実際にいる場所にリーチすることの重要性が分かる。数千万人のアメリカ人は、私が大好きな Politico.com(政治に特化したメディア)や CBS Evening News(CBSで放送されているニュース番組)をクリックしたり視聴したりすることはない」と述べています。
インフルエンサーの活用
トランプ陣営は、ローガン・ポール氏やアディン・ロス氏といったソーシャルメディアのインフルエンサーと連携するという戦略も採用しています。
彼らのような有名なデジタルパーソナリティとコラボすることで、普段政治に無関心な若年層有権者に興奮と関心を喚起しました。
他にも、7月にミルウォーキーで開催された共和党の党大会には、100人近くの保守派インフルエンサーが動員され、政治にあまり関心を示さない保守派に投票に行くことを促すデジタルコンテンツを発信しています。
メディアの誘導術
トランプ氏は失言や挑発的な発言をすることで知られています。トランプ陣営はこれを抑制しようとするのではなく、メディアの誘導術として逆に利用しました。トランプ氏の発言や行動がニュースサイクルを支配するように計画し、炎上を恐れず戦略的に活用しました。このように、メディアが挑発的な発言を取り上げる傾向を利用して、従来の広告を超えて幅広い有権者にメッセージを届けることに成功しています。
今回の大統領選からCMO(Chief Marketing Officer)やマーケティング担当者が学べる教訓として、まず挙げられるのは直接的なコミュニケーションの重要性です。SNSやポッドキャストを通じて、オーディエンスとのオープンな対話を確立することで信頼と忠誠心を築くことが必須になってきています。
また、情報過多の時代では、オーディエンスの注目を集めるために、大胆で、時に議論を呼ぶような戦術が必要です。そして、洗練されたシンプルなメッセージが鍵となります。トランプ氏のスピーチでは、統計や研究に裏付けられた主張を避け、「Trump Will Fix It(トランプが解決する)」といったスローガンが多く使われています。
英国のマーケティング会社 Social Element でソーシャルメディア管理部門を率いるアリス・カフ氏は、「今回の選挙を通じて明らかになったのは、これらのアプローチが現在のソーシャルメディアの状態を象徴しているということである。ソーシャルメディアは、深く考え抜かれた文化に根ざした魔法として私たちに喜びをもたらす一方で、ダークソーシャル(※)や人間の内面の暗い部分を映し出す過激なコミュニティ空間の広がりといった側面も抱えている」と述べています。
トランプ陣営のマーケティング手法は、その良し悪しは別として、政治キャンペーンの未来に持続的な影響を与えるでしょう。
提供:Webrain Think Tank 社
【メール】 contact@webrainthinktank.com
【公式サイト】 https://ja.webrainthinktank.com/
田中秀弥:Webrain Think Tank社プロジェクトマネージャー。最先端のテクノロジーやビジネストレンドの調査を担当するとともに、新規事業創出の支援を目的としたBoot Camp Serviceや、グローバル人材の輩出を目的としたExecutive Retreat Serviceのプロジェクトマネジメントを行っている。著書に『図解ポケット 次世代インターネット Web3がよくわかる本』と『図解ポケット 画像生成AIがよくわかる本』(秀和システム)がある。
岩崎マサ:Webrain Think Tank 社 共同創業者。1999年にシアトルで創業。北米のテックトレンドや新しい市場動向調査、グローバル人材のトレーニングのほか、北米市場の調査、進出支援、マーケティング支援、PMI支援などを提供しています。企業のグローバル人材トレーニングや北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。