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「デザインの未来:AIの限界と可能性」グラフィック・デザイナー 知恵・シャープさん

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30年以上にわたりグラフィックデザイン業界で活躍し、ハリウッド映画や日本やアメリカを代表する企業のサービスや商品など数多くのプロジェクトに携わってきた知恵・シャープさん。デザインの世界も技術の進化とともに変化していますが、最近では特にビジュアルに関するAIの台頭がデザイン業界に与える影響を現場で体験しています。今年9月にベルビュー・カレッジのビジネス&テクノロジー学部でデジタルメディアアーツの准教授に就任し、ますます次世代のグラフィックデザイナーの育成にも力を入れる知恵さんに、現時点での生成AIがどのように利用されているのか、そして未来のデザインにどんな可能性があるのかなどについて、お話を伺いました。

ー インタビュー前の雑談で、「プロダクションにおいて、これまで手作業でやらないといけなかったイメージの編集がAIでできるようになり、作業時間が短縮できるようになった」と伺いました。プロのデザインの現場で、今のAIはどの程度使えるのでしょうか。

デザインで使うアプリにもAIを使った機能が追加され始めて、例えば、背景を入れ替えたり、空や雲の様子を変えたりといったことが、比較的簡単に、うまくできるようになりました。以前なら、背景となるイメージを探し、手作業で入れ替えていたものを代行してくれるような感じです。

でも、やはり最後の判断は人間がしなくてはなりませんし、自分の思い描いたイメージにぴったりくるものにするには、手作業での修正が必要なこともまだ多いです。

すでにビジュアルに関するAIを使ってみた方や使っている方は、何度いろいろなプロンプトを試しても、自分の思うようなイメージが生成できない経験をしているでしょう。

つまり、ビジュアルに関するAI は、微妙なニュアンスや好み、イメージ要素の優先順位を正確に理解することがまだできないのです。

また、できたイメージに付け足したり、違うバージョンを作るなど、積み上げていく作業もまだうまくできません。なので、AIで作られたイメージを参考にしたり、インスピーレーションに使ったりするのにはとても便利ですが、AIに仕事をさせようとしても、今の段階では「AIがうまくできない部分を人間が補う」という状況かと思います。

ただ、AIを全否定するのではなく、現時点での特徴や限界を理解して、ツールとして上手に使っていくのがいいですね。

最近、クリエイティブな仕事をクライアントに提供するような会社も、積極的にAIを採用し、作業の効率化を上げるような方向に向かっています。ですので、今後、クリエイティブとしての仕事でも、プロダクションの作業などで、いかにAIをうまく使いこなせるかが必要になってくると思います。

どのようなコマンドを入れるか、どのような方法で質問するかによって結果がかなり違うので、AIを使いこなす技術のレベルによって、どんどん結果の差が出てくるようになるでしょう。すでにソーシャルメディアなどでプロンプトの書き方やまとめを提供している人もいるので、これからますます「AIに聞く質問の書き方」みたいな学問分野も発展していくのではないかと思っています。

ー 人がやらなくてはならない部分について、もっと詳しく教えてください。

先週、FIGMA カンファレンス(Config 2024)がありました。FIGMA はフリーミアムモデル(freemium model:基本的なサービスは無料で使うことができ、より高度なサービスは有料となるモデル)で、ウェブサイト制作をコラボできるアプリですが、AIでウェブサイトを制作するという新たな機能が紹介されたため、「ウェブデザイナーの仕事がいよいよなくなるのではないか」と心配する声も上がっています。

学生や教職員は、FIGMA の有料バージョンを無料で使用できます。

でも、自分のブランドをきちんと構築して、ビジネスの差別化を図ろうとする企業がAIだけに任せていては、どこかで見た雛形のようなものになってしまいます。やはり人間がきちんと分析して、企業のビジョンを的確に表現しないとならないと思います。

また、商品パッケージはその企業のオリジナルである必要があるので、すでに発表された多くの情報を元に生成するAIでは制作できないのが現状です。

グローバルなブランドの広告(広告時間が長かったり、広告範囲が広い場合)、特に新しい商品の認知度を効果的に上げるには、商品の構想、メッセージ、顧客の分析など、かなりのプロセスを経なくてはならないので、しっかりとそれを理解した人間が制作に当たるのは、今後も変わらないと思います。

これは、ストックイメージ、イラスト、フォトが出てきた時にも結構取り沙汰されました。写真で言えば、ストック用のイメージを作る仕事を選択したクリエイティブと、ストックイメージでは対処しきれない(例えば、新商品のパッケージや、ハイエンド商品の広告など)、質の高い写真を提供するフォトグラファーやスタジオを選択するクリエイティブに分かれたと思います。

一方、AIは新たな職業分野を生み出したり、以前に必要とされたほど才能がなくてもデザイナーやクリエイティブとしてとして仕事ができるようになる人が出てきたりと、一概に仕事を奪うだけでなく、仕事を増やすことにも貢献していると思います。

ロゴをデザインするグラフィックデザイナー<br>写真はイメージです

コンピュータが普及し始めた時も、そうでしたよね。それ以前は、手作業が器用にできることがデザイナーの必須条件でしたが、今はそうでもありません

お客様が必要とするデザインのレベルはそれぞれなので、AIを駆使して、安くて早い仕事をする人が増えるとは思います。短時間で消えてしまう、ソーシャルメディア用の広告などでは、大金を使わずに大量生産する動きは加速するでしょう。

ー 先日は知恵さんにジャングルシティのロゴのアップデートをお願いしました。AIで無料でロゴを作ることもできる時代になりましたが、どこかから引っ張ってきたもののコピーになることは許されません。なので、今回も「これまでのロゴをベースに、これこれこのようにしたいが、どうだろうか」と、プロの知恵さんのアドバイスを伺うことを重視しました。なぜこうするのか。なぜこうした方が良いのか。そこを説明していただいて、納得したかったからです。そういうクライアントも多いのではないでしょうか。

アップデートしたジャングルシティのロゴ

そうですね。今は、AIを使えば、誰でも一応簡単にビジュアルを手にすることができるようになりました。

自分の会社を低予算でスタートしたい人などは、一時的に何か必要という時にAIで作るものが役立つと思います。でも、会社の知名度が上がってくれば、著作権の問題が発生する可能性もありますし、そうでなくも、いかにもAIでありそうなデザインで特徴が薄かったり、ブランドのコンセプトを最適に表していなかったりと、それでは不十分になる時が来るでしょう。

今後、どれくらいAIが成長していくかわかりませんが、現時点では、AI はデザインの原則をいちいち考えて生成されているわけではないようです。

デザインの原則は学校で習うものですが、それを習わずに、また、経験せずに、感覚的にわかるという人はとても少ないです。

また、デザインの原則は、学校で習っただけですぐに応用できるものでもなく、知識やスキルがある人から仕事を通じて少しずつ学んで身につくものだと思います。つまり、デザインやアートの知識のある人がAIを教育していかない限り、AIがこれをマスターするのは難しいでしょう。

デザインのトレンドは地域によっても違いますし、どんどん変わっていきます。今のところ、ビジュアルに関するAIは、過去のデータから学んでいて、今後の未来の傾向を予測するものではないので、現時点でクリエイティビティには限界があると思います。

ー 現在グラフィックデザインを勉強している人、駆け出しのグラフィックデザイナーは、どう対応していけば良いと思いますか?

デザインの基本とブランディングを理解すること:

デザインの基本とブランディングを理解することが、とても大切です。これができていないと、AIを使ったとしても、どの選択が正しいのか判断ができませんし、AIの限界を見極めて、どの部分を自分が補っていかないといけないのか判断できません。

そして、デザイナーとしては、AIが提供してくれるものを元に、自分のクリエイティビティを生かすよう心がけないと、誰が作っても似たような作品になる傾向があるかもしれません。

やはり、人間がビジョンを持って、AIをツールとして使うことが大切と言えると思います。

仕事の形態を選ぶこと:

デザインの仕事には、デジタルだけでなく、3Dのものを作る仕事もたくさんあります。そちらはまだ専門知識のある人間による作業が大半を占めています。

今後、予算削減のために、AIが使えるプロダクションアーティストを雇う会社も増えてくると思います。駆け出しのデザイナーとしては、AI を使用して効率よくプロダクションの仕事をするというのもありです。

一方、テクノロジーに重点を置く仕事だと、デザイナーとして手がける仕事の範囲は部分的になると思います。

プロジェクトを大きな視点でとらえ、未来のことを予測しながら、未来に向けてイノベーションをしていくような分野なら、過去からデータを出しているAIではできないので、人間の頭脳が必要です。

自分がどのような仕事形態を望んでいるのかによって、仕事の内容を選択していくといいでしょう。

ー ありがとうございました。知恵・シャープ 略歴
ベルビュー・カレッジ ビジネス&テクノロジー学部デジタルメディアアーツ学科 准教授
上智大学法学部卒業。1992年に渡米し、The Art Institute of Seattle(AIS)を1994年に卒業した後、GIRVIN | Strategic Branding & Design 入社。30年にわたり、ハリウッド映画や日本やアメリカを代表する企業のサービスや商品など数多くのプロジェクトに携わりながら、母校 AIS で非常勤講師を務めるなど、後進の育成に関わり続ける。2024年9月から現職。

聞き手:オオノタクミ

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