金融業界には Bloomberg、不動産業界には Zillow というように、業界にはそれぞれ専門のデータを分析して読み解き、誰にでもわかるストーリーにして解説する役割を果たしている企業があります。
行政や公共機関などのためにそれを実行しているのが、今回紹介するスタートアップ、LiveStories 社です。
LiveStories の技術とは
例えば、住んでいる地域の予防接種の情報を調べようと市役所の公式サイトにアクセスしたとしましょう。でも、データが古くてわかりづらく、結局はニュースやブログ、口コミサイトを参考にしたという経験がある人は、日本にもアメリカにも多いのではないでしょうか。
LiveStories は、こうした市役所などの行政や公共機関をクライアントにし、データの分析やビジュアル化、タイムリーな発信を手助けするテクノロジーやサービスを提供しています。
ビル&メリンダ・ゲイツ財団からの助成金から始まった LiveStories の事業は、現在はワシントン州のスノホミッシュ郡やメーソン郡、オレゴン州のワシントン郡、カリフォルニア州のロサンゼルス郡やサンディエゴ郡など、全米35州にて提供しています。
「日本語、わかりますよ!」と、流暢な日本語で話しかけてくれた CEO のアドナン・マフムッドさん。バングラデシュ出身で、実は小学4年から中学3年生まで東京に住んでいたとのこと。今でも数年に一度は日本の友人に会いに行くそうです。
アドナン・マフムッドさんインタビュー 長年勤めたマイクロソフトを離れて起業
今回はアドナンさんに、マイクロソフトでの長年のキャリアを経て LiveStories を立ち上げるまでと、これからの事業展開について伺いました。
– 起業して変えたいと思ったことは?
父がバングラデシュの外交官なので、幼いころから数年おきに外国を転々とする生活をしていました。日本に住んでいたことがあるのも、そのためです。そんな生活の中で、政府職員による汚職、データが一握りの人たちのためだけに悪用されるのを間近で見聞きすることができました。
そこから問題意識を抱き、大学はアメリカに留学し、コンピュータサイエンスを専攻。卒業後はマイクロソフトに就職し、人々がより多くの情報にアクセスできるようにするための技術の開発に、プログラム・マネジャーとしてさまざまな形で携わりました。
まだマイクロソフトに勤めていた今から約10年前、Jolkona という非営利団体を立ち上げる機会がありました。シアトルにいる社会起業家のためのインキュベーション・プログラムを運営するのが主な活動だったのですが、この団体のために集まった一つ一つの寄付が実際どこでどのように使われたかトラッキングできる仕組みを作りました。
そんな仕組みづくりを通して、万人が情報にアクセスするという、一見とてもシンプルなゴールを達成することがいかに難しいかを、身をもって知ることになったのです。そこで、社会問題に直結するデータを多く抱える行政が、もっと効率よく情報にアクセスし、そのデータを分析してわかりやすく発信するのを手助けすることができれば、社会に大きな影響を与えられるのではないかと考えついたのです。
– 起業したきっかけは?
行政や公共機関の中に、前述のような「データを分析してわかりやすく発信する」ためのリソースがないと気づいたのがきっかけです。データ分析に通じた人材やそのための予算、使える時間など、行政内部には制約が非常に多くありました。そこで、それを解決するには、外部からサービスを提供したほうが、より効果的だろうと思ったのです。
実は昔、バングラデシュの国連機関でインターンシップをしたことがありました。国連開発計画(United Nations Development Programme)という組織で、初のウェブサイトを作るという仕事でした。でもやってみて、自分はこういう官僚的な組織には向いていない、営利の事業を自分で立ち上げて進めていく方が性に合っている、ということに気が付きました。
そんな個人的な気づきも手伝って、LiveStories を立ち上げることを決めたのです。
– 起業して良かったと思う時は?
クライアントに付加価値を提供し、それによって社会にインパクトを与えていると感じるときです。
LiveStoriesでは、市役所の担当者から、「地元のコミュニティをより安全・健康にするために、持っているデータを使って何か施策を打ちたいのだけれども、それをする時間も予算も人材もないので、何をしたら良いかわからない」といった相談をよく受けます。
このように、弊社のクライアントは行政や公共機関がほとんどで、扱うデータは公衆衛生や世帯収入、住宅や地価に関するものなど、地元の人や生活に直結するものばかりです。つまり、社会を変えるのに一番重要なデータが、行政に多く眠ったままになっているのです。それらをわかりやすいストーリーにして世の中に発信することで社会に与えられるインパクトは、他のどんな業界で働くよりも大きいのではないでしょうか。
– 今までで最大のチャレンジは?
なんといっても人材です。ベストな人材を見つけてチームを形作るのには、とても苦労しました。会社のミッションに合うか、会社の文化に合うか、会社が必要としているスキルを持っているか、の3点がすべて合致しないとうまくいきません。今でも、新しい人材の採用には細心の注意を払って面接しています。
起業というのはマラソンのようなもので、道のりは長くて辛い。良いことがあれば大変なこともある。それは起業家もその会社で働くメンバーにとっても同じことです。そんな波乱万丈のスタートアップの旅路を、いかに前向きな姿勢を貫いて楽しめるかが、特に大切な要素だと私は考えます。
– 会社で一番自慢のポイントは?
世界中を探しても、同じことをしている会社が一つもないというのが一番の自慢です。
我々のクライアントの約98%がアメリカ国内の市役所なのですが、ニーズはまだまだ他の町にも国にも、他の公共セクターにもたくさんある。どんどん積極的に事業展開をしていきたいですね。
– シアトルのスタートアップ・コミュニティの特徴は?
起業家の街になる大きな可能性を秘めているという点です。マイクロソフトやアマゾンなど、世界最大級の企業があるので、素晴らしい人材やスキルが揃っています。テクノロジーだけでなく、交通・航空業界ではボーイング、小売ではフェアトレードの取り組みで知られるスターバックス、さらには世界最大の非営利組織であるゲイツ財団もあります。
一方、起業家に優しい資金調達のためのリソースや、ベンチャー・キャピタルが少ないことは今後の課題です。シリコン・バレーと比べると、起業家が成功して事業を売却し、その資金と知見を次の世代の起業家に受け渡す、というPay forwardのサイクルがシアトルではまだでき上がっていないと感じます。今後に期待したいです。
– 一緒に働きたい日本の会社・実業家・投資家は?
今はアメリカ国内での事業展開がほとんどですが、将来的には世界各国にもサービスを展開したいと考えています。日本の区市町村役所やNGO、NPOなどをクライアントとして迎えられたらいいですね。
他には、日本の新聞社やメディアなどともパートナーシップの可能性があるのではないかと考えています。わかりにくい社会のデータを分析し、ストーリーの種にして、世論を動かすのが私たちの得意技であり、パッションですから。
LiveStories
CEO:アドナン・マフムッド
社員数:約40名(2019年6月現在)
本社:シアトル
創業年:2015年
公式サイト:www.livestories.com
取材・文:渡辺佑子 写真:LiveStories
このコラムの内容は執筆者の個人的な意見・見解に基づいたものであり、junglecity.com の公式見解を表明しているものではありません。